面接画報|山賀ざくろ (2)
冬の終わりに、東京でとあるダンス公演を観に行った。子どもがいるので久々の劇場である。そこで、前橋からはるばる見に来ていた山賀ざくろに出会った。「よー、劇場でよく会うねー」という感じで、帰りに軽く対談しました。対談するのは面接画報で2度目。かなり、軽く雑談してるけれど、結局ダンスについて、アーティストについて深く考えることになった。
3月に二人とも本番を控えている。作品を創る前にいつも色々な事について改めて考えさせられるけれど、この会話もそういったキッカケの1つになったかもしれない。
歌舞伎の中に見たダンス
山賀 こないだ、浅草に歌舞伎を観に行ってさ、新春浅草歌舞伎を。これは若手がやってるんですよ、20代くらいの人達がね、主役をやるようなね。「身替座禅」という演目をやった中村勘太郎がすごくよくてね。台詞ももちろんあるけれど、舞踊的で体の動きで見せる作品だったんだけどね、細かい所作や間の取り方とか、お囃子にどんぴしゃでシンクロしている体の動きから溢れ出る心の動きがダイレクトに体感できて、観ていてついつい自分の心も体も踊らされてしまうような。人の見ていてそういう瞬間があるのがいちばん心地いいわけで。
手塚 ダンスでそういうのは無いんですか?最近。
山賀 コンテンポラリーダンスだとそういうのがあんまりないんだよね。手塚の去年のBankARTのも、観ていてほとんど心が踊るなんて瞬間はなかった(笑)。でも、つまらなかったのかというと、そうではなくて、川の流れや雲の動きをぼーっとずーっと永遠にながめているような気分にさせられたわけだから、やっぱりすごい作品だったよ(笑)。心が踊ってしまうような快感はないにしても、あの時間はなんだったんだろう?という、後々に何か引っかかるものが残るダンス作品はもちろんある。おもしろい人、変な人はいっぱいいるもん。ただ自分の求めるダンスと違うっていうのはあるかな。
手塚 具体的に今はどういうダンスを求めているわけ?
山賀 ダンス始めたのはね、バレエダンサーがピルエットくるくる廻るのとか、劇団四季の人とか足を真上まで上げて踊るのをテレビで観て、うわーすげー!俺もこういう風になりたい!って思ったのがきっかけなんだけど。それなりに長いことダンスやってきて、自分の好きな動きというか、やりたいことがハッキリしてきたと思うんだよね。ダンス始めたころはどんなダンス観てもほとんど全部感動してた(笑)。今はね、人の作品観てても、自分だったらどうするだろうとか、どこか冷めた目でダンサーの動きを追っていることがよくあって、そういうのがあるから、色々コンテンポラリー観ても、純粋に楽しめるってことがあんまりないし、残念だな。だから「歌舞伎を観る」とかそういうことの方がいいんですよね。
手塚 じゃ、歌舞伎の何が山賀っちの心を動かす要因になるのかな?芸の確かさってこと?
山賀 うまいというだけじゃない何かもあると思う。「その人」が見えるという感じはあるな。それと「そのキャラクター」が良く見えているとか。
手塚 でも、芝居でそのキャラクターがよく見えるというのとは違うんでしょ?
山賀 それも少し共通したモノがあるかな。それも体の中に反映させているというか。歌舞伎は鳴り物があって、「ドンドコドンドコ」と鳴っている中で、体の動きを当てはめていくわけでしょ。そういう意味でも好きなんだけど。あ、そう、日本ぽいモノが好きなのかもしれない。
手塚 へー。
山賀 日本舞踊でも京舞なんかのあのゆっくりとしたのより、わりとアップテンポのが好きだなっていうのが前からあってさ。体が反応する。
手塚 どういうところが好きなの?あるいはどういう要素が好きなの?
山賀 テンポとか、メロディーラインとか、お囃子とか。
手塚 なんで、他のダンスのリズムと違ってそういう日本ものの、要素が好きなの?
山賀 たまたま…
手塚 えー…考えてみてよー。
歌舞伎のリズムと山賀のリズム
山賀 そういうビートだけじゃなくて、お囃子に「よっ!」とか「はっ!」とか入るじゃない。弾きながらさ。ダンスだと裏打ち、ん・ちゃ・ん・ちゃ、みたいなさ。それとはまた違うんだけれどもさ。そういうノリが自分に合ってるのかもしれない。かけ声であるとかね。
手塚 へー。山賀っちの体のリズムに合った何か、反応させる何かがあるのかな。山賀っちの作品にはそれに近いことってあるの?
山賀 俺の作品では歌モノの曲を使うことが多いんだけど、踊ってて2コーラスくらいまではいいんだけど、3コーラスくらいからは曲に飽きちゃうことがよくある。
手塚 (笑)それ今の話と関係あるの?
山賀 それは、飽きるのは、ビートがずっと同じだからなんだよね多分。
手塚 和風の方は違うの?
山賀 そう、ずっと同じじゃなくて、ちょっとまったりしたり、急に早くなったり、またどっしりと重くゆっくりになったりと、変化に富んでるんだよね。間とか休符の取り方もかな。
手塚 あー、なるほど。生き物みたいにリズムそのものがいろいろ変化していくような感じなのかな?確かにそれは山賀っちのダンスに通じるところがあるね。西洋のダンスでそういうリズムのものってないの?じゃあ、もしかしたらアジアの他の国では、音楽とか西洋のリズムと違うモノがあるかもしれないよね。
音にインスパイアーされる?
山賀 作品を創るというよりも、1時間なら1時間、音楽かけっぱなしで、飽きずに面白がって踊ってる所を見せていられたらいいなー。
手塚 前にハワイアンかけながらずっと踊ってるの観たけれど、あれはあれで面白かったね。普段、いろいろな曲を使うじゃないですか?どうやって選んでるんですか?作品に手をつける前に、この曲使いたいとか思うんですか?
山賀 同時進行だったりすることが多いんですけどね。
手塚 『ヘルタースケルター』とかは?その曲を聴いてやりたいと思ったんじゃないの?
山賀 ああ、あれはそうだよね。岡崎京子のコミックマンガの方が先かな…。マンガの名前が「ヘルタースケルター」なんだよね。
手塚 ああ、そうなんだ。
山賀 最後のシーンでビートルズのヘルタースケルターの曲がかかると主人公の女の子が出てくるというシーンがあって。それが衝撃的なんだよね。その作品に刺激をうけたんだけどね。「変身」という要素が大きい作品だと感じて、だからあの俺のやった「ヘルタースケルター」では女の子に変身するとどうなるか?っていうことをやってみた。そこに繋がるわけですよ。
手塚 なーるほーど。深いねー。でもぜんぜん気づかなかった。
山賀 まあ、それを見せるのが目的ではないからね。インスパイアされるだけど、それでいいんだよね。
山賀の新作は果たして?
手塚 新しい作品はどうなの?今創っている?
山賀 うん、さっき言った作品で初めて、女装して踊ったということがあったので、もう一回やろうかどうかというのが悩みどころなんだよね。
手塚 悩みどころなんだ?まだ決めてないんだ?
山賀 ん、まーねー。
手塚 「卒業」っていうのは何なの?
山賀 うん、だから女装して踊るのはこれが最後にしようかなーって思って。
手塚 (笑)
山賀 そういう線もあるし、何か俺、中途半端で。キリをつけたいっていうのもあるんだよね。
手塚 えー?これでダンスやめるとか?
山賀 いや、やめないけどね。なんか区切りをねー、人生の中で、イマイチつけてないような感じがあって。
手塚 決めなくちゃならないんじゃないの?何に決別するかを。
山賀 うん、そうだねー。そのへんは曖昧なんだよね。
手塚 (爆笑)意味ないジャンよおー。
山賀 うん卒業するつもりだったけど、やっぱり留年しようかなーとか。卒業?するの?しないの?どっちにするの?みたいなさ。( )がつくようなさ。
手塚 なるほどねー。
山賀 それ、決められないのはいつもの通りだけどさ。
手塚 じゃ、いつもの通りなんだ。
山賀 そう、そうなんだけどねー。舞台に立ったときに、どっちなのか?卒業するのかな?っていう。で、3月は卒業シーズンだしね。
お互いの作品づくり
山賀 手塚はどういうところに興味があって作品づくりしているのかな?
手塚 今までは、体の一部分に意識を集中したりすると、体が勝手に動いてしまったりとか。
山賀 それも、よく体が勝手に動くよなって思うよね。
手塚 余りにも一部分だけに意識を集中したらね、他の自分ていう感覚が薄くなってしまうのね。物質的なモノのほうが、体の一部っていうその部分の方がクローズアップされすぎてしまい、自分の一部というよりはそこが勝手に生きているみたいな感じになって、そうなると体が勝手に動き出すんだよね。
山賀 どこか体の一部分を意識するとかさ、ずっと止まってますとかさ、そういうのはできないタイプなんだよねー、俺。
手塚 ああー…。
山賀 だから手塚的手法がまずできない。集中しよう、集中しようと思うことが、もう駄目。15秒くらいで駄目っていうかね。子どもみたいにワーって動いてるときに何か面白いものが生まれてくるから、集中できないよね。
手塚 でも、『えんがちょ』の最初のところはさ。
山賀 あー、あれは辛くってねー。
手塚 (笑)あーもしかしたらあれ、山賀っちが辛いから面白いんだね。もう立ってるだけで、すっごくおかしくなっちゃうんだよね。立ってる姿が…。何か耐えてるっていう感じなのかね。
山賀 決まり事をもうやりたくないなーというのは、あるんだよね。それなんで、即興的にばーっと1時間なら1時間踊れちゃえばいいなーというのがあるんだけど。でも、実は負荷を与えられた方がいいんかな?本当は…。
手塚 うん、だからちょうどその間くらいがいいよね。
山賀 うん、その両方というかね。
手塚 そういう意味で私はdie pratzeで見た『愛の嵐』が良くて。あれはほぼ即興に見える状態に持ってくることができたように思う。
山賀 頭っから即興だったもんね。
手塚 でも段取りはきまってるでしょ?
山賀 それはね。
手塚 段取りがはっきりあることと、その中で自由であるということが、ちょうどいいバランスのラインを出せたと思う。そのラインがでたらそれが成功だと思う。それがどうしても細かい所まで創り込まないと不安になったり、あるいはそれがすっかりいやになって、全部即興になってしまったり、そのちょうどいいラインを見つけだせないとどっちかに振り切ってしまうのではないかな。それはもったいないよね。
山賀 うん、そうだねー。
手塚 次回作は、きっとそれが絶妙のラインに…
山賀 分かんないけどねー。
手塚 て言っておいたほうがいいかなと思って。
山賀 かな。
山賀 二人の方法論はぜんぜん違うし、それを見てほしいよね。
手塚 そうだね、両方見て欲しいよね。
山賀 上演する日も一週間の違いだし。
手塚 どのようにぜんぜん違うのか見て欲しいですね。
山賀 話は合うけど、やってることは違うもんね。
手塚 それから、「道場破り企画」で山賀っちを破りに行くしねー。そちらもいつになるかはまだ未定だけど、是非乞うご期待!というところですねー。
3月に二人とも本番を控えている。作品を創る前にいつも色々な事について改めて考えさせられるけれど、この会話もそういったキッカケの1つになったかもしれない。
歌舞伎の中に見たダンス
山賀 こないだ、浅草に歌舞伎を観に行ってさ、新春浅草歌舞伎を。これは若手がやってるんですよ、20代くらいの人達がね、主役をやるようなね。「身替座禅」という演目をやった中村勘太郎がすごくよくてね。台詞ももちろんあるけれど、舞踊的で体の動きで見せる作品だったんだけどね、細かい所作や間の取り方とか、お囃子にどんぴしゃでシンクロしている体の動きから溢れ出る心の動きがダイレクトに体感できて、観ていてついつい自分の心も体も踊らされてしまうような。人の見ていてそういう瞬間があるのがいちばん心地いいわけで。
手塚 ダンスでそういうのは無いんですか?最近。
山賀 コンテンポラリーダンスだとそういうのがあんまりないんだよね。手塚の去年のBankARTのも、観ていてほとんど心が踊るなんて瞬間はなかった(笑)。でも、つまらなかったのかというと、そうではなくて、川の流れや雲の動きをぼーっとずーっと永遠にながめているような気分にさせられたわけだから、やっぱりすごい作品だったよ(笑)。心が踊ってしまうような快感はないにしても、あの時間はなんだったんだろう?という、後々に何か引っかかるものが残るダンス作品はもちろんある。おもしろい人、変な人はいっぱいいるもん。ただ自分の求めるダンスと違うっていうのはあるかな。
手塚 具体的に今はどういうダンスを求めているわけ?
山賀 ダンス始めたのはね、バレエダンサーがピルエットくるくる廻るのとか、劇団四季の人とか足を真上まで上げて踊るのをテレビで観て、うわーすげー!俺もこういう風になりたい!って思ったのがきっかけなんだけど。それなりに長いことダンスやってきて、自分の好きな動きというか、やりたいことがハッキリしてきたと思うんだよね。ダンス始めたころはどんなダンス観てもほとんど全部感動してた(笑)。今はね、人の作品観てても、自分だったらどうするだろうとか、どこか冷めた目でダンサーの動きを追っていることがよくあって、そういうのがあるから、色々コンテンポラリー観ても、純粋に楽しめるってことがあんまりないし、残念だな。だから「歌舞伎を観る」とかそういうことの方がいいんですよね。
手塚 じゃ、歌舞伎の何が山賀っちの心を動かす要因になるのかな?芸の確かさってこと?
山賀 うまいというだけじゃない何かもあると思う。「その人」が見えるという感じはあるな。それと「そのキャラクター」が良く見えているとか。
手塚 でも、芝居でそのキャラクターがよく見えるというのとは違うんでしょ?
山賀 それも少し共通したモノがあるかな。それも体の中に反映させているというか。歌舞伎は鳴り物があって、「ドンドコドンドコ」と鳴っている中で、体の動きを当てはめていくわけでしょ。そういう意味でも好きなんだけど。あ、そう、日本ぽいモノが好きなのかもしれない。
手塚 へー。
山賀 日本舞踊でも京舞なんかのあのゆっくりとしたのより、わりとアップテンポのが好きだなっていうのが前からあってさ。体が反応する。
手塚 どういうところが好きなの?あるいはどういう要素が好きなの?
山賀 テンポとか、メロディーラインとか、お囃子とか。
手塚 なんで、他のダンスのリズムと違ってそういう日本ものの、要素が好きなの?
山賀 たまたま…
手塚 えー…考えてみてよー。
歌舞伎のリズムと山賀のリズム
山賀 そういうビートだけじゃなくて、お囃子に「よっ!」とか「はっ!」とか入るじゃない。弾きながらさ。ダンスだと裏打ち、ん・ちゃ・ん・ちゃ、みたいなさ。それとはまた違うんだけれどもさ。そういうノリが自分に合ってるのかもしれない。かけ声であるとかね。
手塚 へー。山賀っちの体のリズムに合った何か、反応させる何かがあるのかな。山賀っちの作品にはそれに近いことってあるの?
山賀 俺の作品では歌モノの曲を使うことが多いんだけど、踊ってて2コーラスくらいまではいいんだけど、3コーラスくらいからは曲に飽きちゃうことがよくある。
手塚 (笑)それ今の話と関係あるの?
山賀 それは、飽きるのは、ビートがずっと同じだからなんだよね多分。
手塚 和風の方は違うの?
山賀 そう、ずっと同じじゃなくて、ちょっとまったりしたり、急に早くなったり、またどっしりと重くゆっくりになったりと、変化に富んでるんだよね。間とか休符の取り方もかな。
手塚 あー、なるほど。生き物みたいにリズムそのものがいろいろ変化していくような感じなのかな?確かにそれは山賀っちのダンスに通じるところがあるね。西洋のダンスでそういうリズムのものってないの?じゃあ、もしかしたらアジアの他の国では、音楽とか西洋のリズムと違うモノがあるかもしれないよね。
音にインスパイアーされる?
山賀 作品を創るというよりも、1時間なら1時間、音楽かけっぱなしで、飽きずに面白がって踊ってる所を見せていられたらいいなー。
手塚 前にハワイアンかけながらずっと踊ってるの観たけれど、あれはあれで面白かったね。普段、いろいろな曲を使うじゃないですか?どうやって選んでるんですか?作品に手をつける前に、この曲使いたいとか思うんですか?
山賀 同時進行だったりすることが多いんですけどね。
手塚 『ヘルタースケルター』とかは?その曲を聴いてやりたいと思ったんじゃないの?
山賀 ああ、あれはそうだよね。岡崎京子のコミックマンガの方が先かな…。マンガの名前が「ヘルタースケルター」なんだよね。
手塚 ああ、そうなんだ。
山賀 最後のシーンでビートルズのヘルタースケルターの曲がかかると主人公の女の子が出てくるというシーンがあって。それが衝撃的なんだよね。その作品に刺激をうけたんだけどね。「変身」という要素が大きい作品だと感じて、だからあの俺のやった「ヘルタースケルター」では女の子に変身するとどうなるか?っていうことをやってみた。そこに繋がるわけですよ。
手塚 なーるほーど。深いねー。でもぜんぜん気づかなかった。
山賀 まあ、それを見せるのが目的ではないからね。インスパイアされるだけど、それでいいんだよね。
山賀の新作は果たして?
手塚 新しい作品はどうなの?今創っている?
山賀 うん、さっき言った作品で初めて、女装して踊ったということがあったので、もう一回やろうかどうかというのが悩みどころなんだよね。
手塚 悩みどころなんだ?まだ決めてないんだ?
山賀 ん、まーねー。
手塚 「卒業」っていうのは何なの?
山賀 うん、だから女装して踊るのはこれが最後にしようかなーって思って。
手塚 (笑)
山賀 そういう線もあるし、何か俺、中途半端で。キリをつけたいっていうのもあるんだよね。
手塚 えー?これでダンスやめるとか?
山賀 いや、やめないけどね。なんか区切りをねー、人生の中で、イマイチつけてないような感じがあって。
手塚 決めなくちゃならないんじゃないの?何に決別するかを。
山賀 うん、そうだねー。そのへんは曖昧なんだよね。
手塚 (爆笑)意味ないジャンよおー。
山賀 うん卒業するつもりだったけど、やっぱり留年しようかなーとか。卒業?するの?しないの?どっちにするの?みたいなさ。( )がつくようなさ。
手塚 なるほどねー。
山賀 それ、決められないのはいつもの通りだけどさ。
手塚 じゃ、いつもの通りなんだ。
山賀 そう、そうなんだけどねー。舞台に立ったときに、どっちなのか?卒業するのかな?っていう。で、3月は卒業シーズンだしね。
お互いの作品づくり
山賀 手塚はどういうところに興味があって作品づくりしているのかな?
手塚 今までは、体の一部分に意識を集中したりすると、体が勝手に動いてしまったりとか。
山賀 それも、よく体が勝手に動くよなって思うよね。
手塚 余りにも一部分だけに意識を集中したらね、他の自分ていう感覚が薄くなってしまうのね。物質的なモノのほうが、体の一部っていうその部分の方がクローズアップされすぎてしまい、自分の一部というよりはそこが勝手に生きているみたいな感じになって、そうなると体が勝手に動き出すんだよね。
山賀 どこか体の一部分を意識するとかさ、ずっと止まってますとかさ、そういうのはできないタイプなんだよねー、俺。
手塚 ああー…。
山賀 だから手塚的手法がまずできない。集中しよう、集中しようと思うことが、もう駄目。15秒くらいで駄目っていうかね。子どもみたいにワーって動いてるときに何か面白いものが生まれてくるから、集中できないよね。
手塚 でも、『えんがちょ』の最初のところはさ。
山賀 あー、あれは辛くってねー。
手塚 (笑)あーもしかしたらあれ、山賀っちが辛いから面白いんだね。もう立ってるだけで、すっごくおかしくなっちゃうんだよね。立ってる姿が…。何か耐えてるっていう感じなのかね。
山賀 決まり事をもうやりたくないなーというのは、あるんだよね。それなんで、即興的にばーっと1時間なら1時間踊れちゃえばいいなーというのがあるんだけど。でも、実は負荷を与えられた方がいいんかな?本当は…。
手塚 うん、だからちょうどその間くらいがいいよね。
山賀 うん、その両方というかね。
手塚 そういう意味で私はdie pratzeで見た『愛の嵐』が良くて。あれはほぼ即興に見える状態に持ってくることができたように思う。
山賀 頭っから即興だったもんね。
手塚 でも段取りはきまってるでしょ?
山賀 それはね。
手塚 段取りがはっきりあることと、その中で自由であるということが、ちょうどいいバランスのラインを出せたと思う。そのラインがでたらそれが成功だと思う。それがどうしても細かい所まで創り込まないと不安になったり、あるいはそれがすっかりいやになって、全部即興になってしまったり、そのちょうどいいラインを見つけだせないとどっちかに振り切ってしまうのではないかな。それはもったいないよね。
山賀 うん、そうだねー。
手塚 次回作は、きっとそれが絶妙のラインに…
山賀 分かんないけどねー。
手塚 て言っておいたほうがいいかなと思って。
山賀 かな。
山賀 二人の方法論はぜんぜん違うし、それを見てほしいよね。
手塚 そうだね、両方見て欲しいよね。
山賀 上演する日も一週間の違いだし。
手塚 どのようにぜんぜん違うのか見て欲しいですね。
山賀 話は合うけど、やってることは違うもんね。
手塚 それから、「道場破り企画」で山賀っちを破りに行くしねー。そちらもいつになるかはまだ未定だけど、是非乞うご期待!というところですねー。
面接画報|木村美那子
彼女の作品を最初に見たのは、STスポットでダンス企画に関わっていた時代で、岩淵多喜子氏キュレーターによる「ラボ20」に彼女が出演した時だった。共演者の男性を四つん這いになった彼女の背中の上に立たせて、そのまま立ち上がっていくというシーンがとても印象的だった。何も意図する余地のないギリギリの心身状態で舞台の上に存在する姿がそこにはあった。その後の公演を見るうちに知っていったもう一つの顔は、小さい体の奥に詰まった原動力の大きさだ。力の源はいったい何か?寝たままからだがのたうち回ったり、立った姿勢で胴体の奥が捩れるバネのような力を持ち、その力が手足を伝ってはち切れそうに動き回る。胴の中に隠されたその起爆剤が疲れ知らずの行動力を生み、様々な振付家による作品へのダンサー活動、家族介護、そして夜遊びにも及ぶ。私の作品にも出演してくれたわけだが、半年以上にも及んだリハーサルを通して、その起爆剤が何であるのか少し見えた気がした。彼女は本来の自分の魅力をまだ十分には知らずに、遠回りをして失敗してしまうこともあったようだ。失敗を通して自分を見いだし何度でも起きあがる彼女のエネルギーが今回のソロ公演で爆発するだろう。
『私的解剖実験-4』に出演して
手塚 私の作品に出てどうでしたか?
木村 作品を終えたあと、仙骨を意識すると横隔膜が震えるようになってしまいました。手塚さんのダンスとか、体の深いところに意識をもって踊っている人をみると、体が勝手にピクピクしますね。
手塚 それは面白い変化ですね。
木村 それから、共演した廣井陽子さんと山縣太一さんがとても存在感があって、引け目のようなものを感じていたのですが、つまり自分に自信を持ちきれなくて、今自分が何を求められているか勝手に状況判断をしてしまうところがありましたが、自分は自分のままで、ありのままでいいのだと思えるようになりました。
手塚 自分に自信が持てるようになったということですよね。それはとてもいい変化ですね。
木村 自分の体に正直になるということですね。
引き出し
手塚 今回の作品はなぜ8回公演にしたんですか?
木村 8という数字に特にこだわっていたわけではなくてたまたま…
手塚 回数を重ねる理由は?
木村 1回だけの公演と考えると、重く考え過ぎてしまうのです。作品に真剣になるのは当然ですけれど、シリアスになってしまうのがいやだったんです。最初は自分の思いつく「ネタ」を幾つもやれば良いのではないかと思っていました。いろいろな私の体の見せ方があると思っていましたし、自分のいろいろな引き出しを見せていけばいいのではないかと。しかし、それは違うと気づいて、たくさんの引き出しを小出しにみせるのではなく、たったひとつの引き出しで正々堂々と勝負しようと今は思っています。
手塚 どうしてそのように変化したの?
木村 高野美和子さんの作品に出演したとき、リハーサルでいろいろな引き出しを開けるスタイルで踊っていたんです。たくさんの引き出しからたくさんのネタを出して踊る方が一見楽なように感じてしまうんですよ。「私も器用なもんだ」と。でもそれを見てくれたCo.山田うんのメンバーに、「1つの引き出しで勝負したほうがいいよ、美那ちゃんそんなに器用じゃないよ」と言われて、どこか安心したんです。「私、器用じゃなかったのか」と。器用だと思っていた自分が、どのように居ればよいのか分からなくなっていたんですね。ひとつの引き出しで勝負することはミスの可能性も多くなってしまう。けれども、偶然の発見にも出会える。例えて言うなら、ひとつの太い幹から、枝葉が分かれていくように変化していくのはいいと思いますが、楠だったり、桜だったり、ミントだったり、色々なちがうものをやろうとしてしまうと、自分が分からなくなってしまうと気づいて、それで自分をきちんとその場に繋ぎ止めて作品の中に存在するためには、ひとつの引き出しで勝負するのが一番いいと思いました。結果的にその方がやはり良かったです。木村美那子として作品の中で、「あ、私生きてた。リアルだった」と思えたし、それが今回のソロ公演でも、8回をひとつの引き出しで勝負しようと決めるきっかけになりました。
過去の作品づくり
手塚 私が初めて木村さんの作品を見た「ラボ20」で初めてソロに近い作品を創ったのかな?ソロに近い作品を創ったのはいつぐらいからなのかな?
木村 大学時代はソロやデュオの作品を創っていましたね。ただ学校は守られた中で先生が見るという形だったし、人々に晒されているという感じではないですからね。だから20分の作品を初めて上演したと言えるのは「ラボ20」が初めてでした。
手塚 大学卒業からラボ出演までは何をしていたの?
木村 ちょうど卒業前後に山田うんさんの作品に出演して、ダンサーとしての活動はし始めていました。大学を出てから1年経っていませんでしたけど、学校を一年休学してオランダに留学したりもしていたのでそんなにすごい若かったというわけでは…
手塚 そうか、それで新卒という印象がそんなにはなかったのね(笑)。私が見たラボの話をすると、あの作品『命がけで突っ立った死体2003』は面白かったですね。最初四つん這いになった木村さんの上に男性が立っていて、それに耐えているというそれだけのことがとても良かった。「何かをしよう」と思ってできない心身の状態ですよね。「ただそうしているしかない」という体はとても美しいと感じた。「ただそうしているしかない」という存在感で舞台の上に体を載せていられるということは、なかなかできることではないと思うんです。それはとても難しい事で、人は誰かの前でいくらでも自分の「居かた」を変えることができるし、それと同じように舞台の上で“すごそうに”とか、“弱々しそうに”とか、“楽しげに”とか、“深刻そうに”とか「居かた」を取り繕うことができる。でも「そのようにしか立てない」「自分はこれでしかない」という存在感で舞台に立つということは簡単ではない。そのように居られる仕組みを、作品に用いるということはすごいと思います。偶然ではあったかもしれないけど。それで結果的に木村さんはそういう存在感であの舞台に居たんです。その迫力というか切実さみたいなものが身に迫ってきてとても感動しました。
木村 ありがとうございます。でも当時は全然そこまで考えてなかったです。
手塚 なぜああいう振りにしようと思ったの?
木村 背中の上に立っている彼がグラグラして不安定になったまま動いてるその状態がすごく好きだったんです。それを見せたくてあれを思いついたんですね。
手塚 なるほど、でもその不安定にグラグラして動いている状態も、やっぱり「そのようにしか立てない」状態ですよね。やっぱりそういう仕組みだったんですよあの作品は。しかも意図しなかったことの方により力があったというのも結果的に良かったと思いますね。
木村 でもその不安定な状態も練習するにつれ上手になってグラグラしなくなってきたのが、困ったといえば困ったですね。
手塚 なるほど、なんでそんなシーンを練習するの?
木村 ついつい心配でリハーサルをたくさんしてしまうんですー。
手塚 気持ちは良く分かります。はい。その作品のあとにソロ作品を創ったのは…
木村 次のラボでした。ディーン・モスのキュレーターの時でした。STスポットの舞台奥は壁面の上手と下手に出はけ口があって、上手に入って下手から出てくるとその間で何が起こっているか想像できるのが面白いと思った。だからその間を想像させる作品を創りたくて、『Cする〜』という題名にしました。オーディションの時、カバンの中からグラスを出して卵を割り入れるシーンを考えていたのに、そのグラスを入れたつもりがカバンを開けたら入ってなくて、しかも卵が固くて割れなくて、もう困って困って、でも結果的にその状況が面白くてオーディションに通ってしまった。
手塚 やっぱり意図しなかったことって面白いですよね、とても。本番を見たけれど、体がはち切れそうに踊っている姿がとても強く印象に残りましたね。
木村 その作品を「ダンスが見たい」という企画で再演したけれど、作品をそのまま塗り直そうとしてしまって、時間はないし、リハーサルでは「必然性がない」と言われ、とても苦しかったです。
手塚 でも結果的に「必然性」についての模索をしたということが作品にもちゃんと現れていたし、「木村美那子」ありのままの存在を晒す戦いをきちんとやっていたと思いますよ。
ぶちあたり続けて見つけたこと
手塚 その後はソロに近い作品作りは?
木村 岡田利規さんキュレーターの「ラボ20」に応募したのですが、出演はできなかったんです。そのオーディションでは自分の課題を突き付けられて、苦しかった。でも結果的には、それが今回の作品のテーマになっているのかもしれない。
手塚 具体的にその課題というと?
木村 私はその時、床に寝て、はい上がるまでを20分かけてやりたかったんです。本当は。でも、「それだけでは間が持たないかもしれない」という気持ちが頭をよぎって、頭で考えはじめてしまった。それで動きまわってしまって、自分で何をやろうとしていたのか全く分からなくなってしまった。その時20分かけてはい上がる挑戦を選択できなかったというのは本当に失敗でした。自分が本当はやるべきことを、周りの人が楽しめるかとか、どう思うかを考えすぎたり、人の判断を気にしたりということがいつも失敗に繋がっている気がします。だからもうそういう失敗は繰り返したくないという教訓にはなりました。
手塚 さっき話に出た「いろいろな引き出し」を使って、振付家の期待に応えようとして失敗してしまうというのも、同じ事かもしれないですね。結局、誰かの期待に応えようとしたり判断を気にしたりするのではなく、いかに「自分がどう居たいか」「自分がどのような居かたで人と関わりたいか」ということを徹底できるか、そういうことが壁にぶつかり続けながら問われて来たということなのかもしれませんね(笑)。
木村 まさにそうですね。
壁にぶちあたって泣きっ面木村
手塚 それで『泣きっ面に8』という題名にしたのね。
木村 題名をつけるのって本当に難しくて、今回は電車の中で急に思いついたのをそのままパッとつけてしまいました。手塚さんの作品のリハーサルをしていた1年近くの間に様々な事でどれだけ壁にぶちあたっていたことか…。
手塚 そういった状況が木村さんにその課題を伝えようとしていたのかもしれない。
木村 笑ってしまうことに、昨日この作品のリハーサルで壁にぶちあたる練習をしていたんです。偶然にも(笑)。
手塚 象徴的ですねー、この題名は木村さんの抱えている課題に深く因縁がありそうですね。
木村 私のソロ作品でモチーフとして出やすいのが、やられてもやられても起きあがるという姿で、そういう強さを出したいという気持ちはどこかありますね。だから「泣きっ面に蜂」だけど、それでもまた立ち上がってやるというような。そういう気持ちで題名をつけました。
手塚 自分の体に正直に、必然性を持って踊ることができるか、8回の本番を通して試されていくのだろうなと想像します。そして一回ずつ自分の課題を克服して強くなっていく木村美那子をとても楽しみにしています。
『私的解剖実験-4』に出演して
手塚 私の作品に出てどうでしたか?
木村 作品を終えたあと、仙骨を意識すると横隔膜が震えるようになってしまいました。手塚さんのダンスとか、体の深いところに意識をもって踊っている人をみると、体が勝手にピクピクしますね。
手塚 それは面白い変化ですね。
木村 それから、共演した廣井陽子さんと山縣太一さんがとても存在感があって、引け目のようなものを感じていたのですが、つまり自分に自信を持ちきれなくて、今自分が何を求められているか勝手に状況判断をしてしまうところがありましたが、自分は自分のままで、ありのままでいいのだと思えるようになりました。
手塚 自分に自信が持てるようになったということですよね。それはとてもいい変化ですね。
木村 自分の体に正直になるということですね。
引き出し
手塚 今回の作品はなぜ8回公演にしたんですか?
木村 8という数字に特にこだわっていたわけではなくてたまたま…
手塚 回数を重ねる理由は?
木村 1回だけの公演と考えると、重く考え過ぎてしまうのです。作品に真剣になるのは当然ですけれど、シリアスになってしまうのがいやだったんです。最初は自分の思いつく「ネタ」を幾つもやれば良いのではないかと思っていました。いろいろな私の体の見せ方があると思っていましたし、自分のいろいろな引き出しを見せていけばいいのではないかと。しかし、それは違うと気づいて、たくさんの引き出しを小出しにみせるのではなく、たったひとつの引き出しで正々堂々と勝負しようと今は思っています。
手塚 どうしてそのように変化したの?
木村 高野美和子さんの作品に出演したとき、リハーサルでいろいろな引き出しを開けるスタイルで踊っていたんです。たくさんの引き出しからたくさんのネタを出して踊る方が一見楽なように感じてしまうんですよ。「私も器用なもんだ」と。でもそれを見てくれたCo.山田うんのメンバーに、「1つの引き出しで勝負したほうがいいよ、美那ちゃんそんなに器用じゃないよ」と言われて、どこか安心したんです。「私、器用じゃなかったのか」と。器用だと思っていた自分が、どのように居ればよいのか分からなくなっていたんですね。ひとつの引き出しで勝負することはミスの可能性も多くなってしまう。けれども、偶然の発見にも出会える。例えて言うなら、ひとつの太い幹から、枝葉が分かれていくように変化していくのはいいと思いますが、楠だったり、桜だったり、ミントだったり、色々なちがうものをやろうとしてしまうと、自分が分からなくなってしまうと気づいて、それで自分をきちんとその場に繋ぎ止めて作品の中に存在するためには、ひとつの引き出しで勝負するのが一番いいと思いました。結果的にその方がやはり良かったです。木村美那子として作品の中で、「あ、私生きてた。リアルだった」と思えたし、それが今回のソロ公演でも、8回をひとつの引き出しで勝負しようと決めるきっかけになりました。
過去の作品づくり
手塚 私が初めて木村さんの作品を見た「ラボ20」で初めてソロに近い作品を創ったのかな?ソロに近い作品を創ったのはいつぐらいからなのかな?
木村 大学時代はソロやデュオの作品を創っていましたね。ただ学校は守られた中で先生が見るという形だったし、人々に晒されているという感じではないですからね。だから20分の作品を初めて上演したと言えるのは「ラボ20」が初めてでした。
手塚 大学卒業からラボ出演までは何をしていたの?
木村 ちょうど卒業前後に山田うんさんの作品に出演して、ダンサーとしての活動はし始めていました。大学を出てから1年経っていませんでしたけど、学校を一年休学してオランダに留学したりもしていたのでそんなにすごい若かったというわけでは…
手塚 そうか、それで新卒という印象がそんなにはなかったのね(笑)。私が見たラボの話をすると、あの作品『命がけで突っ立った死体2003』は面白かったですね。最初四つん這いになった木村さんの上に男性が立っていて、それに耐えているというそれだけのことがとても良かった。「何かをしよう」と思ってできない心身の状態ですよね。「ただそうしているしかない」という体はとても美しいと感じた。「ただそうしているしかない」という存在感で舞台の上に体を載せていられるということは、なかなかできることではないと思うんです。それはとても難しい事で、人は誰かの前でいくらでも自分の「居かた」を変えることができるし、それと同じように舞台の上で“すごそうに”とか、“弱々しそうに”とか、“楽しげに”とか、“深刻そうに”とか「居かた」を取り繕うことができる。でも「そのようにしか立てない」「自分はこれでしかない」という存在感で舞台に立つということは簡単ではない。そのように居られる仕組みを、作品に用いるということはすごいと思います。偶然ではあったかもしれないけど。それで結果的に木村さんはそういう存在感であの舞台に居たんです。その迫力というか切実さみたいなものが身に迫ってきてとても感動しました。
木村 ありがとうございます。でも当時は全然そこまで考えてなかったです。
手塚 なぜああいう振りにしようと思ったの?
木村 背中の上に立っている彼がグラグラして不安定になったまま動いてるその状態がすごく好きだったんです。それを見せたくてあれを思いついたんですね。
手塚 なるほど、でもその不安定にグラグラして動いている状態も、やっぱり「そのようにしか立てない」状態ですよね。やっぱりそういう仕組みだったんですよあの作品は。しかも意図しなかったことの方により力があったというのも結果的に良かったと思いますね。
木村 でもその不安定な状態も練習するにつれ上手になってグラグラしなくなってきたのが、困ったといえば困ったですね。
手塚 なるほど、なんでそんなシーンを練習するの?
木村 ついつい心配でリハーサルをたくさんしてしまうんですー。
手塚 気持ちは良く分かります。はい。その作品のあとにソロ作品を創ったのは…
木村 次のラボでした。ディーン・モスのキュレーターの時でした。STスポットの舞台奥は壁面の上手と下手に出はけ口があって、上手に入って下手から出てくるとその間で何が起こっているか想像できるのが面白いと思った。だからその間を想像させる作品を創りたくて、『Cする〜』という題名にしました。オーディションの時、カバンの中からグラスを出して卵を割り入れるシーンを考えていたのに、そのグラスを入れたつもりがカバンを開けたら入ってなくて、しかも卵が固くて割れなくて、もう困って困って、でも結果的にその状況が面白くてオーディションに通ってしまった。
手塚 やっぱり意図しなかったことって面白いですよね、とても。本番を見たけれど、体がはち切れそうに踊っている姿がとても強く印象に残りましたね。
木村 その作品を「ダンスが見たい」という企画で再演したけれど、作品をそのまま塗り直そうとしてしまって、時間はないし、リハーサルでは「必然性がない」と言われ、とても苦しかったです。
手塚 でも結果的に「必然性」についての模索をしたということが作品にもちゃんと現れていたし、「木村美那子」ありのままの存在を晒す戦いをきちんとやっていたと思いますよ。
ぶちあたり続けて見つけたこと
手塚 その後はソロに近い作品作りは?
木村 岡田利規さんキュレーターの「ラボ20」に応募したのですが、出演はできなかったんです。そのオーディションでは自分の課題を突き付けられて、苦しかった。でも結果的には、それが今回の作品のテーマになっているのかもしれない。
手塚 具体的にその課題というと?
木村 私はその時、床に寝て、はい上がるまでを20分かけてやりたかったんです。本当は。でも、「それだけでは間が持たないかもしれない」という気持ちが頭をよぎって、頭で考えはじめてしまった。それで動きまわってしまって、自分で何をやろうとしていたのか全く分からなくなってしまった。その時20分かけてはい上がる挑戦を選択できなかったというのは本当に失敗でした。自分が本当はやるべきことを、周りの人が楽しめるかとか、どう思うかを考えすぎたり、人の判断を気にしたりということがいつも失敗に繋がっている気がします。だからもうそういう失敗は繰り返したくないという教訓にはなりました。
手塚 さっき話に出た「いろいろな引き出し」を使って、振付家の期待に応えようとして失敗してしまうというのも、同じ事かもしれないですね。結局、誰かの期待に応えようとしたり判断を気にしたりするのではなく、いかに「自分がどう居たいか」「自分がどのような居かたで人と関わりたいか」ということを徹底できるか、そういうことが壁にぶつかり続けながら問われて来たということなのかもしれませんね(笑)。
木村 まさにそうですね。
壁にぶちあたって泣きっ面木村
手塚 それで『泣きっ面に8』という題名にしたのね。
木村 題名をつけるのって本当に難しくて、今回は電車の中で急に思いついたのをそのままパッとつけてしまいました。手塚さんの作品のリハーサルをしていた1年近くの間に様々な事でどれだけ壁にぶちあたっていたことか…。
手塚 そういった状況が木村さんにその課題を伝えようとしていたのかもしれない。
木村 笑ってしまうことに、昨日この作品のリハーサルで壁にぶちあたる練習をしていたんです。偶然にも(笑)。
手塚 象徴的ですねー、この題名は木村さんの抱えている課題に深く因縁がありそうですね。
木村 私のソロ作品でモチーフとして出やすいのが、やられてもやられても起きあがるという姿で、そういう強さを出したいという気持ちはどこかありますね。だから「泣きっ面に蜂」だけど、それでもまた立ち上がってやるというような。そういう気持ちで題名をつけました。
手塚 自分の体に正直に、必然性を持って踊ることができるか、8回の本番を通して試されていくのだろうなと想像します。そして一回ずつ自分の課題を克服して強くなっていく木村美那子をとても楽しみにしています。
面接画報|ひろいようこ
廣井氏とはまだ出会って間もないけれど、そのわりに濃い付き合いをすることになった。それは彼女が私のワークショップを受け、その後、振付作品に出演してくれたからだ。彼女の身体に向き合い、身体の抱える課題を解き明かしながらのつきあいだ。そして彼女はビックリするくらい熱中する。彼女のパフォーマンスを最初に見たとき、私の動きに似ている部分があると感じたが、身体をとことん観察する姿勢はやはり共通する。男性と間違えられたというエピソードを話してくれたことがあるが、スレンダーで中性的な身体で挑むパフォーマンスの題名が『マシュマロ・アワー』である。彼女独特の探求方法を知りたいところだ。
ちょっと似てる
手塚 私が最初に廣井さんに出会ったのは、私がスタッフをしていたST スポットという小劇場のダンスショーケース、ラボ20 のオーディションを廣井さんが最初に受けて、でも受からなかった時のそのオーディションでしたね。作品がとても印象に残りました。2 回目にオーディションを受けた時は、動き方が少し私に似ているなと思ったんです。
廣井 最初に受けたときは、まだどうしていいか分からない状態で、弱々しかったと思います。
手塚 そうですか?私には弱々しいという印象はあまりなくて、舞踏を本格的にやってきた人なのかなと思っていました。ハードな匂いを感じましたね。
廣井 ハードですか、濃厚なエキスっていう感じですかね(笑)。あの時、自分の内側をもっと掘り下げて、大野一雄さんの所に行き始めて自分のディープな部分を見始めた時でした。そんなとき岩淵多喜子さんがキュレーターを務めるラボ20 のオーディションがあって、どうしようと思いながら、ビロビローっと紐をつかったものをやってみたんだけど、自分の中では人目につくのが恐いというような気持ちがまだあって、ビクビクしていたら、岩淵さんに「自分の問題がまだ整理ついてないのではないかしら」というようなことを言われて、まったくその通りですみたいな。それからもう少し開き直れた時に、次のラボでキュレーターがディーン・モスのオーディションがあったんです。その時は結構いっちゃってたというか、今までパフォーマンスをやってきて体験したことのないような状態になりましたね。
手塚 そして見事に受かって本番はまたぐっと迫力がありましたね。終演後に身体の使い方について聞いたら、身体の内部に耳を澄ませて集中しているというようなことを話してくれましたけど、やはり自分と似たようなことをしていると分かって、なぜ動きの似ている部分があるのか分かったような気がしました。
美大生時代
手塚 ダンスを始めたのはいつからですか?
廣井 ダンスを始めたのは…美大に行っている時ですね。油絵をやっていてその延長線上で写真や映像なんかもちょこちょこやっていたんですけど、ちょっと学校へ行くのが嫌になってしまった時があって「ぷち引きこもり」というような。
手塚 「ぷち引きこもり」ですか、なんかかわいい。
廣井 授業はなんとか受けにいくものの、誰とも話さずに帰ってきたりした時期が少しあって、自分がどうしたいのか、いろいろ悩んでいて、でも音楽は好きだったのでライブなんかはよく行っていました。ライブ感が絵を描く行為にはなくて周りの人を見ていても何かダイナミズムみたいなものを感じないなーと思っていました。つまらなくなってフラフラとバイトばっかりやったりライブに行きまくったりしている時に、友人に「そんなに悶々としているならダンスのワークショップがあるから受けてみれば」と言われて、えー私踊りなんて出来ないよーっていう気持ちもあったけれど勇気をふりしぼって、あるダンサーのワークショップを受けたんです。そのワークショップは「踊る」というよりも力を抜いて脱力していくとか、身体の質を感じたり、空気を身体全体に通していくとか、色々な質感を感じることなどをやりました。それがすごく面白くてちょこちょこそのワークショップを受けていましたけれど、だからといって自分がダンスを続けていくなんて思っていなかったです。ちょっとやったからといって踊れるようになるとも思わなかったので。
手塚 それは大学時代のことですか?
廣井 そうですね、21、22 歳くらいの時ですね。その後、しばらくして、何かダンスの基礎になることをやらないことにはダメなのではないかと思い初めて、大人になってからだときついかなとは思ったのですがバレエに行き始めたのが25 歳くらいの時ですね。最初は全然ダメでしたけど、そのうちモダンダンスなんかもやって発表会に出たりもしました。途中、仕事の方に重点を置いて、ダンスをやめようと思ったこともあったので2 年くらいブランクがありましたが、身体の盛り上がりと気持ちの盛り上がりがピタッとあってきて、やっぱりもう一度踊りたいと思いました。
手塚 最初のキッカケはさっき言ったワークショップだったんですね。
廣井 そうですね、でもそのワークショップはジャンプを繰り返したりばかりしていたので、「なんじゃこりゃ」と思ったり、また舞踏をやっている人達も一緒に受講していて、そういう人達の中にはトランス状態になってしまう人やらいて、少し恐かったのですが、そうはならずに身体の内側に耳を澄ませていくことで冷静に楽しくできるなと思えるようになるまでとても時間がかかりましたね。
身体に向かう
手塚 油絵はどんなものを描いていたんですか?写実ですか?それとも抽象?
廣井 ええ、抽象ですかね。ペインティングナイフで勢いよく絵の具を走らせたりしながら描いていました。だから、今から思うとダンスに近い感覚なのかもしれません。絵の具をてんこ盛りにして、ドバっとキャンバスにぶちまけたり、ちょろちょろ、ピーとかリズムで描いたり。でも絵は合っていないなと思いました。大学に入ってから自分の作風はどういったものになるだろうと悩んでいるうちになぜか、自分の身体に向かっていってしまったんです。わりとドロッと暗いものなどを描いて、そのうち写真をやるようになっていって、自分の身体を病的な感じで撮ったり、またそういった映像作品を創ったりするようになりました。
手塚 自分自身の身体に興味を持ったということですよね。そしてやっぱり作品を創る欲求というものはすでにあったようですね。
廣井 そうですね。でも絵をコツコツと描いていくというタイプではないと気づいてはいました。
手塚 ライブによく行っていたということでしたけど、どんな音楽を聴いていたのですか?
廣井 中学生の時にブラスバンドでトランペットをやっていたんです。音楽はもともと好きだったんですよね。
手塚 でもブラスバンドとは違う種類の音楽を聴いていたんじゃないですか?
廣井 でも音の訴えかけるもの、波動みたいなものを感じたいという意味では同じだと思うんです。音は波なので。ギターのノイズや電子音などのノイズも好きだしハードコアロックが好きですね。でもクラシックやポップなものも嫌いじゃなくて聞いたりもします。
手塚 ギターのノイズなどが好きだったことが、そういう音楽を使っているダンスパフォーマンスに引かれていったという流れもあるのかな?
廣井 そうですね。あと兄の影響ということもありますかね。兄はわりとフリージャズやマイナーな音楽、映画などが好きでそういうものに私も触れて育ったという部分もあります。それが後々ダンスに引かれていく導火線になったかもしれませんね。
「マシュマロちゃん」への憧れ
手塚 今月の26 日に公演がありますよね。題名は『マシュマロ・アワーⅡ』ですか。Ⅱ(ツー)というのは、前にセッションハウスの21 フェスというダンスショーケースで私も見た作品の次のバージョンということですよね。ちなみになんで「マシュマロ」なんですか?
廣井 ディーン・モスがキュレーターだった時のラボ20に出演した後、五十肩になってしまったんです。ちょうど手塚さんのワークショップに行き始めた時だったと思うんですけど。ダンスの踊れないコンプレックスの次は身体コンプレックスというか、身体がとても固くてストレッチをしてもなかなか柔らかくならなかった。でも時々「マシュマロちゃん」みたいなふわふわと柔らかい雰囲気で色白の女性がいるじゃないですか?そういう人には私は絶対になれないなという気持ちと、でも自分の中にもそういう部分があるのかもしれないという。
手塚 「マシュマロちゃん」への憧れですかね?
廣井 ええ、そういうかわいい存在への憧れと抵抗とでも言いましょうか。怪我をしたことで余計に自分の中に欠けている柔らかさを思い知ってという感じで。そんなときに「マシュマロ」という存在がポンと頭に浮かんだんです。マシュマロって白くて柔らかくてふわふわで、しかも甘くて…いやー…みたいな。
手塚 (爆)いやー…てなに?
廣井 いや、いろんな感情がそこに含まれているというような。ああいう緩くて風通しの良いものって、身体を使っている人がだんだん求めるようになる部分なのではないかと思うんです。踊りを長くやっている人に受容性が多くみられるということもある気がするんです。そういう意味でも研究材料というか。私自身の根っこにある部分と結びついて出てきたモチーフですね。だから一回では終われなかったですね。
手塚 結局今回で何回目ですか?
廣井 2 回目が東京コンペで、今度やるのが3 回目ですね。東京コンペの時はヨガをやり始めたりした関係で身体がとても大きく変化してきて随分ちがってしまいました。色々な毒素が出たという感じで、そこで出し切ったのでまた身体は変化してきて今回はまた違ってくると思います。副題の「聖域リラックス」というタイトルは自分の身体が求めるという部分でもありますね。リラックスできるために普段自分で出来ることを探したりしています。
彼女流の技術
手塚 廣井さんのダンスはどうやって生まれてくるのでしょう。
廣井 動機のない振付は出来ないと感じていて、逆に自分の身体に潜む必然性さえ見つけることができれば踊ることができると感じます。
手塚 自分なりの技術というのはどういうものですか?
廣井 技術…。
手塚 つまりバレエの技術とかモダンのテクニックとかいうことではなく、廣井さんが踊るときに、コレは良いけど、こうなるとダメという判断が出てくると思うんですけど、そういう判断はどういうことが決め手になるのだろうか。
廣井 作品のコンセプトに見合った体の状態というか、演じるということではなく…
手塚 何でも良いという事ではないですよね。何か具体的なエピソードはないですか?
廣井 例えば最初にやった『マシュマロ・アワー』の時、マシュマロに向き合った時の自分の感情を見ながら動きを細かく探していって…。
手塚 探すのは本番中に探してるということですか?
廣井 練習でも探しているし、練習で出てきたことを少しなぞったりもしながら、次々別のことも生まれてきていてそれを自分で楽しみながらやっていっていますね。探し方がいい具合に冷静で、自分のことをちゃんと見ることができて、かつ自分で楽しくなってくるというような…。それがバランスをとれた時が一番いい状態ですね。逆に身体だけ意図的に暴走させてしまったり、また勝手に暴走してしまったり、それが作品のコンセプトからずれていたりするとダメですね。
手塚 今回『マシュマロ・アワーⅡ』を上演するペッパーズギャラリーは、私も公演をやったことがあるのですが、パフォーマンスをやるには結構狭い所ですよね。狭いスペースを選んだ理由はありますか?
廣井 自分の身の丈にまず合っているだろうという事と、お客さんと近い、親密な感じがあるところでやりたいという部分ですね。あと、どこの指を動かしたかも見えてしまう、そういう細かいところを見てもらいたいということですよね。
手塚 あの空間をどんな風に使って親密な、幸せな関係を持つことができるのかとても楽しみですね。
ちょっと似てる
手塚 私が最初に廣井さんに出会ったのは、私がスタッフをしていたST スポットという小劇場のダンスショーケース、ラボ20 のオーディションを廣井さんが最初に受けて、でも受からなかった時のそのオーディションでしたね。作品がとても印象に残りました。2 回目にオーディションを受けた時は、動き方が少し私に似ているなと思ったんです。
廣井 最初に受けたときは、まだどうしていいか分からない状態で、弱々しかったと思います。
手塚 そうですか?私には弱々しいという印象はあまりなくて、舞踏を本格的にやってきた人なのかなと思っていました。ハードな匂いを感じましたね。
廣井 ハードですか、濃厚なエキスっていう感じですかね(笑)。あの時、自分の内側をもっと掘り下げて、大野一雄さんの所に行き始めて自分のディープな部分を見始めた時でした。そんなとき岩淵多喜子さんがキュレーターを務めるラボ20 のオーディションがあって、どうしようと思いながら、ビロビローっと紐をつかったものをやってみたんだけど、自分の中では人目につくのが恐いというような気持ちがまだあって、ビクビクしていたら、岩淵さんに「自分の問題がまだ整理ついてないのではないかしら」というようなことを言われて、まったくその通りですみたいな。それからもう少し開き直れた時に、次のラボでキュレーターがディーン・モスのオーディションがあったんです。その時は結構いっちゃってたというか、今までパフォーマンスをやってきて体験したことのないような状態になりましたね。
手塚 そして見事に受かって本番はまたぐっと迫力がありましたね。終演後に身体の使い方について聞いたら、身体の内部に耳を澄ませて集中しているというようなことを話してくれましたけど、やはり自分と似たようなことをしていると分かって、なぜ動きの似ている部分があるのか分かったような気がしました。
美大生時代
手塚 ダンスを始めたのはいつからですか?
廣井 ダンスを始めたのは…美大に行っている時ですね。油絵をやっていてその延長線上で写真や映像なんかもちょこちょこやっていたんですけど、ちょっと学校へ行くのが嫌になってしまった時があって「ぷち引きこもり」というような。
手塚 「ぷち引きこもり」ですか、なんかかわいい。
廣井 授業はなんとか受けにいくものの、誰とも話さずに帰ってきたりした時期が少しあって、自分がどうしたいのか、いろいろ悩んでいて、でも音楽は好きだったのでライブなんかはよく行っていました。ライブ感が絵を描く行為にはなくて周りの人を見ていても何かダイナミズムみたいなものを感じないなーと思っていました。つまらなくなってフラフラとバイトばっかりやったりライブに行きまくったりしている時に、友人に「そんなに悶々としているならダンスのワークショップがあるから受けてみれば」と言われて、えー私踊りなんて出来ないよーっていう気持ちもあったけれど勇気をふりしぼって、あるダンサーのワークショップを受けたんです。そのワークショップは「踊る」というよりも力を抜いて脱力していくとか、身体の質を感じたり、空気を身体全体に通していくとか、色々な質感を感じることなどをやりました。それがすごく面白くてちょこちょこそのワークショップを受けていましたけれど、だからといって自分がダンスを続けていくなんて思っていなかったです。ちょっとやったからといって踊れるようになるとも思わなかったので。
手塚 それは大学時代のことですか?
廣井 そうですね、21、22 歳くらいの時ですね。その後、しばらくして、何かダンスの基礎になることをやらないことにはダメなのではないかと思い初めて、大人になってからだときついかなとは思ったのですがバレエに行き始めたのが25 歳くらいの時ですね。最初は全然ダメでしたけど、そのうちモダンダンスなんかもやって発表会に出たりもしました。途中、仕事の方に重点を置いて、ダンスをやめようと思ったこともあったので2 年くらいブランクがありましたが、身体の盛り上がりと気持ちの盛り上がりがピタッとあってきて、やっぱりもう一度踊りたいと思いました。
手塚 最初のキッカケはさっき言ったワークショップだったんですね。
廣井 そうですね、でもそのワークショップはジャンプを繰り返したりばかりしていたので、「なんじゃこりゃ」と思ったり、また舞踏をやっている人達も一緒に受講していて、そういう人達の中にはトランス状態になってしまう人やらいて、少し恐かったのですが、そうはならずに身体の内側に耳を澄ませていくことで冷静に楽しくできるなと思えるようになるまでとても時間がかかりましたね。
身体に向かう
手塚 油絵はどんなものを描いていたんですか?写実ですか?それとも抽象?
廣井 ええ、抽象ですかね。ペインティングナイフで勢いよく絵の具を走らせたりしながら描いていました。だから、今から思うとダンスに近い感覚なのかもしれません。絵の具をてんこ盛りにして、ドバっとキャンバスにぶちまけたり、ちょろちょろ、ピーとかリズムで描いたり。でも絵は合っていないなと思いました。大学に入ってから自分の作風はどういったものになるだろうと悩んでいるうちになぜか、自分の身体に向かっていってしまったんです。わりとドロッと暗いものなどを描いて、そのうち写真をやるようになっていって、自分の身体を病的な感じで撮ったり、またそういった映像作品を創ったりするようになりました。
手塚 自分自身の身体に興味を持ったということですよね。そしてやっぱり作品を創る欲求というものはすでにあったようですね。
廣井 そうですね。でも絵をコツコツと描いていくというタイプではないと気づいてはいました。
手塚 ライブによく行っていたということでしたけど、どんな音楽を聴いていたのですか?
廣井 中学生の時にブラスバンドでトランペットをやっていたんです。音楽はもともと好きだったんですよね。
手塚 でもブラスバンドとは違う種類の音楽を聴いていたんじゃないですか?
廣井 でも音の訴えかけるもの、波動みたいなものを感じたいという意味では同じだと思うんです。音は波なので。ギターのノイズや電子音などのノイズも好きだしハードコアロックが好きですね。でもクラシックやポップなものも嫌いじゃなくて聞いたりもします。
手塚 ギターのノイズなどが好きだったことが、そういう音楽を使っているダンスパフォーマンスに引かれていったという流れもあるのかな?
廣井 そうですね。あと兄の影響ということもありますかね。兄はわりとフリージャズやマイナーな音楽、映画などが好きでそういうものに私も触れて育ったという部分もあります。それが後々ダンスに引かれていく導火線になったかもしれませんね。
「マシュマロちゃん」への憧れ
手塚 今月の26 日に公演がありますよね。題名は『マシュマロ・アワーⅡ』ですか。Ⅱ(ツー)というのは、前にセッションハウスの21 フェスというダンスショーケースで私も見た作品の次のバージョンということですよね。ちなみになんで「マシュマロ」なんですか?
廣井 ディーン・モスがキュレーターだった時のラボ20に出演した後、五十肩になってしまったんです。ちょうど手塚さんのワークショップに行き始めた時だったと思うんですけど。ダンスの踊れないコンプレックスの次は身体コンプレックスというか、身体がとても固くてストレッチをしてもなかなか柔らかくならなかった。でも時々「マシュマロちゃん」みたいなふわふわと柔らかい雰囲気で色白の女性がいるじゃないですか?そういう人には私は絶対になれないなという気持ちと、でも自分の中にもそういう部分があるのかもしれないという。
手塚 「マシュマロちゃん」への憧れですかね?
廣井 ええ、そういうかわいい存在への憧れと抵抗とでも言いましょうか。怪我をしたことで余計に自分の中に欠けている柔らかさを思い知ってという感じで。そんなときに「マシュマロ」という存在がポンと頭に浮かんだんです。マシュマロって白くて柔らかくてふわふわで、しかも甘くて…いやー…みたいな。
手塚 (爆)いやー…てなに?
廣井 いや、いろんな感情がそこに含まれているというような。ああいう緩くて風通しの良いものって、身体を使っている人がだんだん求めるようになる部分なのではないかと思うんです。踊りを長くやっている人に受容性が多くみられるということもある気がするんです。そういう意味でも研究材料というか。私自身の根っこにある部分と結びついて出てきたモチーフですね。だから一回では終われなかったですね。
手塚 結局今回で何回目ですか?
廣井 2 回目が東京コンペで、今度やるのが3 回目ですね。東京コンペの時はヨガをやり始めたりした関係で身体がとても大きく変化してきて随分ちがってしまいました。色々な毒素が出たという感じで、そこで出し切ったのでまた身体は変化してきて今回はまた違ってくると思います。副題の「聖域リラックス」というタイトルは自分の身体が求めるという部分でもありますね。リラックスできるために普段自分で出来ることを探したりしています。
彼女流の技術
手塚 廣井さんのダンスはどうやって生まれてくるのでしょう。
廣井 動機のない振付は出来ないと感じていて、逆に自分の身体に潜む必然性さえ見つけることができれば踊ることができると感じます。
手塚 自分なりの技術というのはどういうものですか?
廣井 技術…。
手塚 つまりバレエの技術とかモダンのテクニックとかいうことではなく、廣井さんが踊るときに、コレは良いけど、こうなるとダメという判断が出てくると思うんですけど、そういう判断はどういうことが決め手になるのだろうか。
廣井 作品のコンセプトに見合った体の状態というか、演じるということではなく…
手塚 何でも良いという事ではないですよね。何か具体的なエピソードはないですか?
廣井 例えば最初にやった『マシュマロ・アワー』の時、マシュマロに向き合った時の自分の感情を見ながら動きを細かく探していって…。
手塚 探すのは本番中に探してるということですか?
廣井 練習でも探しているし、練習で出てきたことを少しなぞったりもしながら、次々別のことも生まれてきていてそれを自分で楽しみながらやっていっていますね。探し方がいい具合に冷静で、自分のことをちゃんと見ることができて、かつ自分で楽しくなってくるというような…。それがバランスをとれた時が一番いい状態ですね。逆に身体だけ意図的に暴走させてしまったり、また勝手に暴走してしまったり、それが作品のコンセプトからずれていたりするとダメですね。
手塚 今回『マシュマロ・アワーⅡ』を上演するペッパーズギャラリーは、私も公演をやったことがあるのですが、パフォーマンスをやるには結構狭い所ですよね。狭いスペースを選んだ理由はありますか?
廣井 自分の身の丈にまず合っているだろうという事と、お客さんと近い、親密な感じがあるところでやりたいという部分ですね。あと、どこの指を動かしたかも見えてしまう、そういう細かいところを見てもらいたいということですよね。
手塚 あの空間をどんな風に使って親密な、幸せな関係を持つことができるのかとても楽しみですね。
面接画報|中村公美
中村公美はワークショップで一年間同級生だった。それは自分のスタイルでダンスを創るためのワークショップだった。私と彼女それぞれにとって、等身大の自分を知る事が自分自身の作風に繋がると気づくきっかけを探していたのかもしれない。お互いに完全に迷っていた。しかし迷っているという時期は、大袈裟に言えば人生のチャンスだと今は思う。
いい意味で、創り方など何も教えてもらえない授業が、創るという行為の悩みを乗り越えさせ、自力でスタイルを確立しようともがいたすえに自分の場所を見つける事ができたのかもしれない。そして彼女の見つけた場所はとても純粋で厳しく、頑固で美しい。それは私にない頑固さで繰り返され続け、私に問いかけ続ける。
ワークショップ受講のキッカケ
手塚 あるワークショップで一緒だったという話からしましょうか?(笑)
中村 あー、(笑)そうだねーあれがなければ今頃は…
手塚 そうそうあれが原点だから。
中村 皆勤賞だしね。
手塚 そう、私たち二人だけ皆勤賞だった、そのワークショップの名前はなんだっけ?
中村 神楽坂ダンス教室。
手塚 講師は桜井圭介氏※1だったけれど、最初のレクチャーから出てた?
中村 うん、それで決めたんだ。
手塚 あー、そうか。確か、色々なビデオを見たように思う。映画のワンシーンやジェイムス・ブラウンが興奮して歌っている姿なんかもあって、夢中で歌うあまり足が痙攣している様子を指して「これがダンスですよ」と言っていたりして。ダンスの先入観そのものを疑ってそれぞれのスタイルを見つけるという内容が私に向いてると思ったけど、公美ちゃんはどうかな?
中村 「桜井圭介氏」という人がどんな人か分からなかったからとりあえずレクチャーに行ってみようと。それで、あー、これにしようと思った。テクニックがなくても面白いダンスもあるし。それはいったい何だろうな、と思った。それと、レクチャー中に桜井さんが前の席の人に時間を聞いたのね、その「今何時?」という聞き方が、いかにも「今何時?」という感じだったので、あーこの人は信用できると思った。
手塚 ほうー…、分かったような分からないような…。
※1…桜井圭介氏…ダンスの批評家。
舞踏を見た原体験
手塚 芝居をやっていた時期も長かったということだけど、それを止めてからブランクがどのくらいあったのかな?
中村 えーっと…3~4年くらいだったかな?
手塚 その間は劇団をやめて一人になっていたよね。一人になって仕事なんかもやっていて、それででも、舞台で自分の作品をやりたいと思っていたということ?実際やっていた?
中村 一回だけやった。
手塚 それは、自分ではジャンルというかどういうふうに意識していたの?「ダンス」ということを意識していた?
中村 うん、でも全然今とはちがうイメージだけどね。
手塚 ダンスって例えば自分が見たものの中で、こういうダンスだっていうのはあった?例えばアーティストで言えば誰とか…どういうものをイメージしていたの?
中村 誰ってことないけど…舞踏ということかな。
手塚 例えばそのころ好きだった舞踏のアーティストとかいたのかしら?…そういえば大野一雄が好きだったっけ?
中村 そう、そう、そう。
手塚 なるほど。大野一雄に出会ったのはというか、刺激を受けたのはいつくらい?
中村 もっとずっと昔。
手塚 それは彼のどういう所に惹かれたからなのかな?
中村 なんて言ったらいいかな、それはつまり「大野一雄は大野一雄だから」ということかな。彼の“振り”を真似ても仕方なくて、彼のダンスが彼そのものでしかなく、存在そのものでしかない。そのことがとても魅力で、だから私も、私そのものでしかないというダンスを探したかった。
変化の兆し
手塚 ワークショップでは、のちの作品にも使われたモチーフというか「本をアタマに載せる」ということもやっていたね。その時に、今まで公美ちゃんがやっていたものからすると唐突だなという印象があって、いままでとは違う切り口をバシっと出して来たという印象があった。先生に「何で本をのっけたの?」って聞かれたら、なんか「姿勢が良くなる」とか、「緊張感のある美しい体にするため」っていうことを言っていたのを覚えているよ。
中村 あー、思い出した。その前に「緊張感がある音を使っているのに、身体には緊張感がない」って言われたんだ。緊張かー、じゃあ、頭に本を載せれば緊張するなーと思って、単純に、それで本を載せたんだと思う。
手塚 あー、なるほど、それからの展開が今の公美ちゃんの流れをつくったような気がする。そのあと毛糸をほどくだけの作品を創ったよね?そうだ、その辺から作品が今のような方向に向かって変わって来たような気がする。体に包帯を巻くというモチーフも出て来たし、セーターを着るとか着ないとかというのもあったね(笑)なんだっけあれ?
中村 頭の出るところが縫ってあって、
手塚 でただもぞもぞもがいてるだけだっけ(笑)
中村 とにかく身体性がないとかテクニックがいっさいないということだから、なにをやればいいか、またどうやって動いたらいいか考えていたな。
手塚 そうして模索している過程で見たものを思い出すと、公美ちゃんの欲求なり衝動みたいなものを感じる。
彼女の切実さ
手塚 伊藤千枝さん※2がキュレーターだった時のSTスポット「ラボ20」という、ダンスのショーケースに出演した時は、頭に本を載せて落とさないようにするけど、どうしても落ちてしまってまたもどって本を頭に載せて出て来てまた落ちてというのをずっと繰り返す作品をやったよね。本を頭にのせること自体に大きな意味は普通に考えるとなくて、そういう無為なものを選択することが多いね。
中村 そうだね。
手塚 普通に考えれば本は頭にのせるものじゃないから。
中村 そう?でも何かあるとふざけてやってみたりしない?物があったらまず触ってみたいし、私にとっては割と普通の事かな。理屈で見つけたわけじゃなくて、なんとなくやってみたら結構いけるんじゃないかなと思って。
手塚 でも人にとって無為な行為であるところが面白いなと思う。それが、無理矢理やっているというわけではなくて、本を落とさないようにしているっていう、誰にも頼まれないようなことに必然性を持ってやってしまう。しかも何かを成すというような大袈裟な目標ではないけれど、命がけというか(笑)絶対落とさないようにするけれど、落ちてしまうっていうことの狭間に居続けるというところに切実さを感じる。体は切羽詰まっていて、切実な状態だと思う。そういう状態って普通人工的につくれることじゃないから、しかも、すごく危険を冒しているわけでもなく、冒険しているわけでもなくて、ほら、冒険家や登山家だったら達成するべくすごい目標に向かって確かに切羽詰まるだろうし、切実だと思うけど、でも、私はそうじゃないところがとても好きだな。大層な事でないということが。だけどそこに自分の切実さを持ってしまう。体だけではなく精神的にも。そして、行為としてはただ本を頭の上にのせて落とさないように立っているというだけの状態の体と心が、公美ちゃんが今まで生きて来たなかでの様々な切実な瞬間に時空を超えて触れて繋がっていくような瞬間なのかもしれない。そういう意味で、その後の公美ちゃんの作品の中でも同じような仕組みになっているような気がする。行為自体に意味がないということ。それにおいて切実な身体と心の状態になっているということ。それが今までの公美ちゃんの生きてきた切実さに触れていくということ。そこにおいて小さな彩りや振幅を見つける事ができるということ。また、その純粋さを守るために頑固になっていて、他のアイデアは?と聞かれたり、他の展開を考えてみたら?と言われても、そこに公美ちゃんの興味はそんなになくて、すごく純粋な切実さの自分の中の彩りだけを選んでいるというのは、無意識なのかもしれないけどすごく面白いなと思う。私は全然そんな風に純粋にできない。私の方がいろんな寄り道をして、いろんなことやってみちゃったりしてるかな。ほんと公美ちゃんは「この頑固者!!」っていう感じでいいよね。
※2 伊藤千枝さん…珍しいキノコ舞踊団の振付家。
腹の据わった瞬間
手塚 その本を頭の上に載せて落とさないようにする作品の題名はなんだっけ?
中村 「貴方探してこの街へ」
手塚 あー、そうだったね。その次がデザインフェスタギャラリーで最初にやった、荷造りのヒモの巻物を永遠に解いていく作品で、題名はなんだっけ?
中村 「たとえばこんな夜」
手塚 (笑)そうそう。いいねー素敵な題名。それで次が、2回目にデザインフェスタギャラリーの1階でやった、紙を裂いていく作品で、題名はなんだっけ?
中村 「からっぽになた」
手塚 お、題名がちょっと変わってきましたね。今までの作品すべて「ダンス」というジャンルということでやっていて、「じゃあ、ダンスって何?」っていう疑問を見ている人の側にいだかせることになっているということは、またもう一つ面白いことだと思う。
中村 私自身はそういうこと全く意識していないけどね。
手塚 ああ、そうなんだね。いままでやってきた中で変化してきたことってある?
中村 そんなにないなー。でも一番大きかったのはラボ20で最初に「貴方探して…」をやった時の公開ディスカッション(本番の少し前にお客さんを交えて、キュレーターに作品を見せ、作品についてディスカッションをするプログラム)の時、本を頭に載せるという行為以外のダンスっぽいシーンもやっていて、当時のキュレーターである伊藤千枝さんに「そのシーンは必要ないじゃない?」と言われて、ああそうかもしれないと思った。それで本を載せる行為だけにしてしまった。それが一番大きかったなー。
手塚 構成とか、踊ってみせるとかそういうこと全てをやめて、ひとつの行為だけをやり続けるということを選択できたっていうことが大きかったんだね。それを一つの切実さとして、様々な形でやってきたんだね。
中村 あの時は、見ている人は絶対つまらないのではないだろうかと思って、でもどうせつまらないんだったら思い切ってやってしまおう、というような。
手塚 そういえばかなりビビっていたのを思い出した。私はその公演の制作として経過をずっと見ていたけれど、途中までは結構焦っていたよね。でも最後には焦ったりあわてたりしなくなっていて、淡々とやっていたなと思う。そういうふうに何か腹が据わってから、「頑固一徹」を守るようになってきたという所なのかな。
中村 何か小細工してもダメなんだな。
手塚 結局あのとき衣裳も、その日に着てきた服になって、CDも一枚そのままかけっぱなしになって。(笑)それが以外に効果的だったりね。
中村 そういうことってあるよね。偶然が必然的な結果になってしまうようなことが。
1 0 月の上演について
手塚 近々、10月23日と24日にギャラリーで作品を発表するんだよね?今回はどんなものなのかな?
中村 今回は物は使わずに、ひとつのモチーフを決めてそれを繰り返そうと思ってる。
手塚 へー、それはすごい。
中村 今までも自分にとって予測不能な事をやってきて、舞台上ではその状況で見つけたことをやってきたけれど、それと逆にあらかじめ決めた事をやり続けるのが私にとって一番予測不能なことだからやってみようと思う。
手塚 ある意味で自分を追いつめているのかな?
中村 追いつめるというのはあまり好きじゃないけど。
手塚 不測の事態のただ中にいるほうが自由ということかもしれないね。私から見ると普段の公美ちゃんは結構不自由な心身の状態なのかもしれない。だから、それから開放されて自由な状態というのは、不測の事態が起きている瞬間なのかもしれないと思う。普通に考えたら逆に思うようなことだけど、それはすごく興味深い。また不測の事態に身を委ねる勇気が試されるということだね。
中村 今回はkamataさんというアーティスト※3の、写真を中心とした展示の中でやるけれど、それもどういうものが展示されるかまだ知らされていない。その影響を体に浴びつつやることになると思う。それも一つの不測の事態として魅力的な状況かな。
手塚 その不測の事態において自由を手にした公美ちゃんの心身に立ち会うことをとても楽しみにしています!
※3 kamataさん…写真家のkamata motokoさん。
いい意味で、創り方など何も教えてもらえない授業が、創るという行為の悩みを乗り越えさせ、自力でスタイルを確立しようともがいたすえに自分の場所を見つける事ができたのかもしれない。そして彼女の見つけた場所はとても純粋で厳しく、頑固で美しい。それは私にない頑固さで繰り返され続け、私に問いかけ続ける。
ワークショップ受講のキッカケ
手塚 あるワークショップで一緒だったという話からしましょうか?(笑)
中村 あー、(笑)そうだねーあれがなければ今頃は…
手塚 そうそうあれが原点だから。
中村 皆勤賞だしね。
手塚 そう、私たち二人だけ皆勤賞だった、そのワークショップの名前はなんだっけ?
中村 神楽坂ダンス教室。
手塚 講師は桜井圭介氏※1だったけれど、最初のレクチャーから出てた?
中村 うん、それで決めたんだ。
手塚 あー、そうか。確か、色々なビデオを見たように思う。映画のワンシーンやジェイムス・ブラウンが興奮して歌っている姿なんかもあって、夢中で歌うあまり足が痙攣している様子を指して「これがダンスですよ」と言っていたりして。ダンスの先入観そのものを疑ってそれぞれのスタイルを見つけるという内容が私に向いてると思ったけど、公美ちゃんはどうかな?
中村 「桜井圭介氏」という人がどんな人か分からなかったからとりあえずレクチャーに行ってみようと。それで、あー、これにしようと思った。テクニックがなくても面白いダンスもあるし。それはいったい何だろうな、と思った。それと、レクチャー中に桜井さんが前の席の人に時間を聞いたのね、その「今何時?」という聞き方が、いかにも「今何時?」という感じだったので、あーこの人は信用できると思った。
手塚 ほうー…、分かったような分からないような…。
※1…桜井圭介氏…ダンスの批評家。
舞踏を見た原体験
手塚 芝居をやっていた時期も長かったということだけど、それを止めてからブランクがどのくらいあったのかな?
中村 えーっと…3~4年くらいだったかな?
手塚 その間は劇団をやめて一人になっていたよね。一人になって仕事なんかもやっていて、それででも、舞台で自分の作品をやりたいと思っていたということ?実際やっていた?
中村 一回だけやった。
手塚 それは、自分ではジャンルというかどういうふうに意識していたの?「ダンス」ということを意識していた?
中村 うん、でも全然今とはちがうイメージだけどね。
手塚 ダンスって例えば自分が見たものの中で、こういうダンスだっていうのはあった?例えばアーティストで言えば誰とか…どういうものをイメージしていたの?
中村 誰ってことないけど…舞踏ということかな。
手塚 例えばそのころ好きだった舞踏のアーティストとかいたのかしら?…そういえば大野一雄が好きだったっけ?
中村 そう、そう、そう。
手塚 なるほど。大野一雄に出会ったのはというか、刺激を受けたのはいつくらい?
中村 もっとずっと昔。
手塚 それは彼のどういう所に惹かれたからなのかな?
中村 なんて言ったらいいかな、それはつまり「大野一雄は大野一雄だから」ということかな。彼の“振り”を真似ても仕方なくて、彼のダンスが彼そのものでしかなく、存在そのものでしかない。そのことがとても魅力で、だから私も、私そのものでしかないというダンスを探したかった。
変化の兆し
手塚 ワークショップでは、のちの作品にも使われたモチーフというか「本をアタマに載せる」ということもやっていたね。その時に、今まで公美ちゃんがやっていたものからすると唐突だなという印象があって、いままでとは違う切り口をバシっと出して来たという印象があった。先生に「何で本をのっけたの?」って聞かれたら、なんか「姿勢が良くなる」とか、「緊張感のある美しい体にするため」っていうことを言っていたのを覚えているよ。
中村 あー、思い出した。その前に「緊張感がある音を使っているのに、身体には緊張感がない」って言われたんだ。緊張かー、じゃあ、頭に本を載せれば緊張するなーと思って、単純に、それで本を載せたんだと思う。
手塚 あー、なるほど、それからの展開が今の公美ちゃんの流れをつくったような気がする。そのあと毛糸をほどくだけの作品を創ったよね?そうだ、その辺から作品が今のような方向に向かって変わって来たような気がする。体に包帯を巻くというモチーフも出て来たし、セーターを着るとか着ないとかというのもあったね(笑)なんだっけあれ?
中村 頭の出るところが縫ってあって、
手塚 でただもぞもぞもがいてるだけだっけ(笑)
中村 とにかく身体性がないとかテクニックがいっさいないということだから、なにをやればいいか、またどうやって動いたらいいか考えていたな。
手塚 そうして模索している過程で見たものを思い出すと、公美ちゃんの欲求なり衝動みたいなものを感じる。
彼女の切実さ
手塚 伊藤千枝さん※2がキュレーターだった時のSTスポット「ラボ20」という、ダンスのショーケースに出演した時は、頭に本を載せて落とさないようにするけど、どうしても落ちてしまってまたもどって本を頭に載せて出て来てまた落ちてというのをずっと繰り返す作品をやったよね。本を頭にのせること自体に大きな意味は普通に考えるとなくて、そういう無為なものを選択することが多いね。
中村 そうだね。
手塚 普通に考えれば本は頭にのせるものじゃないから。
中村 そう?でも何かあるとふざけてやってみたりしない?物があったらまず触ってみたいし、私にとっては割と普通の事かな。理屈で見つけたわけじゃなくて、なんとなくやってみたら結構いけるんじゃないかなと思って。
手塚 でも人にとって無為な行為であるところが面白いなと思う。それが、無理矢理やっているというわけではなくて、本を落とさないようにしているっていう、誰にも頼まれないようなことに必然性を持ってやってしまう。しかも何かを成すというような大袈裟な目標ではないけれど、命がけというか(笑)絶対落とさないようにするけれど、落ちてしまうっていうことの狭間に居続けるというところに切実さを感じる。体は切羽詰まっていて、切実な状態だと思う。そういう状態って普通人工的につくれることじゃないから、しかも、すごく危険を冒しているわけでもなく、冒険しているわけでもなくて、ほら、冒険家や登山家だったら達成するべくすごい目標に向かって確かに切羽詰まるだろうし、切実だと思うけど、でも、私はそうじゃないところがとても好きだな。大層な事でないということが。だけどそこに自分の切実さを持ってしまう。体だけではなく精神的にも。そして、行為としてはただ本を頭の上にのせて落とさないように立っているというだけの状態の体と心が、公美ちゃんが今まで生きて来たなかでの様々な切実な瞬間に時空を超えて触れて繋がっていくような瞬間なのかもしれない。そういう意味で、その後の公美ちゃんの作品の中でも同じような仕組みになっているような気がする。行為自体に意味がないということ。それにおいて切実な身体と心の状態になっているということ。それが今までの公美ちゃんの生きてきた切実さに触れていくということ。そこにおいて小さな彩りや振幅を見つける事ができるということ。また、その純粋さを守るために頑固になっていて、他のアイデアは?と聞かれたり、他の展開を考えてみたら?と言われても、そこに公美ちゃんの興味はそんなになくて、すごく純粋な切実さの自分の中の彩りだけを選んでいるというのは、無意識なのかもしれないけどすごく面白いなと思う。私は全然そんな風に純粋にできない。私の方がいろんな寄り道をして、いろんなことやってみちゃったりしてるかな。ほんと公美ちゃんは「この頑固者!!」っていう感じでいいよね。
※2 伊藤千枝さん…珍しいキノコ舞踊団の振付家。
腹の据わった瞬間
手塚 その本を頭の上に載せて落とさないようにする作品の題名はなんだっけ?
中村 「貴方探してこの街へ」
手塚 あー、そうだったね。その次がデザインフェスタギャラリーで最初にやった、荷造りのヒモの巻物を永遠に解いていく作品で、題名はなんだっけ?
中村 「たとえばこんな夜」
手塚 (笑)そうそう。いいねー素敵な題名。それで次が、2回目にデザインフェスタギャラリーの1階でやった、紙を裂いていく作品で、題名はなんだっけ?
中村 「からっぽになた」
手塚 お、題名がちょっと変わってきましたね。今までの作品すべて「ダンス」というジャンルということでやっていて、「じゃあ、ダンスって何?」っていう疑問を見ている人の側にいだかせることになっているということは、またもう一つ面白いことだと思う。
中村 私自身はそういうこと全く意識していないけどね。
手塚 ああ、そうなんだね。いままでやってきた中で変化してきたことってある?
中村 そんなにないなー。でも一番大きかったのはラボ20で最初に「貴方探して…」をやった時の公開ディスカッション(本番の少し前にお客さんを交えて、キュレーターに作品を見せ、作品についてディスカッションをするプログラム)の時、本を頭に載せるという行為以外のダンスっぽいシーンもやっていて、当時のキュレーターである伊藤千枝さんに「そのシーンは必要ないじゃない?」と言われて、ああそうかもしれないと思った。それで本を載せる行為だけにしてしまった。それが一番大きかったなー。
手塚 構成とか、踊ってみせるとかそういうこと全てをやめて、ひとつの行為だけをやり続けるということを選択できたっていうことが大きかったんだね。それを一つの切実さとして、様々な形でやってきたんだね。
中村 あの時は、見ている人は絶対つまらないのではないだろうかと思って、でもどうせつまらないんだったら思い切ってやってしまおう、というような。
手塚 そういえばかなりビビっていたのを思い出した。私はその公演の制作として経過をずっと見ていたけれど、途中までは結構焦っていたよね。でも最後には焦ったりあわてたりしなくなっていて、淡々とやっていたなと思う。そういうふうに何か腹が据わってから、「頑固一徹」を守るようになってきたという所なのかな。
中村 何か小細工してもダメなんだな。
手塚 結局あのとき衣裳も、その日に着てきた服になって、CDも一枚そのままかけっぱなしになって。(笑)それが以外に効果的だったりね。
中村 そういうことってあるよね。偶然が必然的な結果になってしまうようなことが。
1 0 月の上演について
手塚 近々、10月23日と24日にギャラリーで作品を発表するんだよね?今回はどんなものなのかな?
中村 今回は物は使わずに、ひとつのモチーフを決めてそれを繰り返そうと思ってる。
手塚 へー、それはすごい。
中村 今までも自分にとって予測不能な事をやってきて、舞台上ではその状況で見つけたことをやってきたけれど、それと逆にあらかじめ決めた事をやり続けるのが私にとって一番予測不能なことだからやってみようと思う。
手塚 ある意味で自分を追いつめているのかな?
中村 追いつめるというのはあまり好きじゃないけど。
手塚 不測の事態のただ中にいるほうが自由ということかもしれないね。私から見ると普段の公美ちゃんは結構不自由な心身の状態なのかもしれない。だから、それから開放されて自由な状態というのは、不測の事態が起きている瞬間なのかもしれないと思う。普通に考えたら逆に思うようなことだけど、それはすごく興味深い。また不測の事態に身を委ねる勇気が試されるということだね。
中村 今回はkamataさんというアーティスト※3の、写真を中心とした展示の中でやるけれど、それもどういうものが展示されるかまだ知らされていない。その影響を体に浴びつつやることになると思う。それも一つの不測の事態として魅力的な状況かな。
手塚 その不測の事態において自由を手にした公美ちゃんの心身に立ち会うことをとても楽しみにしています!
※3 kamataさん…写真家のkamata motokoさん。
面接画報|山賀ざくろ (1)
ダンサーである山賀ざくろとの出会いは2年前の秋だった。彼は『えんがちょ』という作品でそれまでの作風を脱ぎ去り変貌すると同時に、ダンサーとしての活動を背水の陣と覚悟決め、地元前橋で戦っていた。彼は甦った。所在ない心の揺れ、やりきれなさ、いたたまれなさをそのままに舞台に立つ姿は、酸っぱくて柔らかいありのままの彼。それから冬に再演を、春には新作『エレガンス』を、季節の移り変わりとともに見てきた。彼の儚い恋への憧憬を象徴するような『えんがちょ』の作品コメントを紹介しよう。
『女の子との愛についてはいつもついてない僕ですが、
気分がルルルの日もたまにはあります。』
彼のせつない後ろ姿は作品を追うごとに深みを増し、深みにはまっていく。
リアルな生活
手塚 前橋の「踊りに行くぜ!!」※1は2002年の…
山賀 10月。
手塚 そうだっけ?2年前の10月か…懐かしいね。その後、恋の進展はいかがですか?という所から入るのはどうでしょうか?
山賀 そこから入るか…痛いとこ突かれたな…。
手塚 前回インタビューした時は私も独り者だったわけだけど、今は結婚して子どもがいて…山賀さんはその後いかがですか?(笑)
山賀 ずるいじゃん…結婚して子ども欲しいなとは思っているけど…その思いを…
手塚 作品にしてるのかな?もうちょっと前段階だよね。
山賀 それがいいんだな、リアルな生活を活かして…
手塚 そうだよね、結婚して子どもがいたらああいう作品は創れないかもしれないものね。
山賀 うーん…結婚して子ども作ってみないと分からないけどね。
手塚 じゃ、結婚して子どもができていたら、どういう作品を創ってるかな?
山賀 分からないなー。それだったら相手の女性じゃなくて、子どもがテーマの作品になっているかもしれない。ちっちゃい子供はかわいいよね。NHK教育テレビの「おかあさんといっしょ」の体操のおにいさんになりたかったくらいだから、子供といっしょに踊るのはやりたいな。
※1「踊りに行くぜ!!」…選抜されたアーティスト達が様々な地方でダンス公演のショーケースを行う企画。
岡田智代とランデヴー
手塚 今度また公演がありますよね。ここにチラシがあるけれど、「ランデヴー」という公演名で、岡田智代※2さんとソロ作品を出し合うみたいですね。山賀さんの作品のタイトルは『いんびぃ』ですか…これは、新作かな?
山賀 新作になりますね。
手塚 どういう意味ですか?「いんびぃ」って。
山賀 いわゆる「インビ」という言葉なんだけれども、幾つか意味があって、「隠微」っていう、隠れていてよく分からない状態という意味がひとつ、まあ人生よく分からないなー…というような。でもイヤラシイという方の「淫靡」の意味もある。英語にも実は「インビィ(yimby) 」というのがあって「Yes, in my backyard」の略で、例えば廃棄物の処理場とか、原子力発電所とか、必要なのは分かっているけれど自分の家の近所にはできて欲しくないものを、逆に「自分の庭につくってもいいよ」というように肯定する意味です。「いいよ、オッケー!」という意味として、これもありかな。この幾つかの意味合いの気持ちは作品にあるから。
手塚 岡田智代さんと作品をやることになったいきさつは?
山賀 岡田さんが「一緒にやらない?」って言ったから…。
手塚 (笑)なるほど。じゃ一番最初に岡田さんを知ったのは?
山賀 横浜にあるSTスポットという小劇場の企画で「ラボセレクション」というダンスショーケースに出演した時かな。
手塚 それまで全然知らなかった?
山賀 名前は知らなかったけれど、彼女がこれも同じくSTスポットのダンスショーケース「ラボ20」の公開ディスカッション(本番の少し前にお客さんを交えてキュレーターに制作過程の作品を見せ、作品についてディスカッションするプログラム)を見に来た時、俺の作品が終わったあと楽屋に来て『えんがちょ』のあるシーンについてアドバイスしてくれた。それが岡田智代さんだということを後で知ったけれど、そのアドバイスのお陰で作品の修正ができたんです。
手塚 それは大きいですね。岡田さんは当時から山賀さんの作品に注目していたのかもしれないですね。
山賀 そうそう、それでラボセレで一緒になることを喜んでくれていたみたいです。
手塚 そうでしたね。でもその時はまだ山賀さんの方は岡田さんの作品を見たことがなかったんですよね。
山賀 そうですね。ラボセレで見た『パレード』が一番最初でした。その後「踊りに行くぜ!!」の東京選考会で『L.D.K』を見ました。
手塚 なるほど、岡田さんの作品を見た印象は?
山賀 東京選考会で6組の出演者がいたのですが、その中では一番強い印象でしたね。だから、きっと通るだろうと思っていたけど、通らなかった…。
手塚 岡田さんは年齢的な近さからも山賀さんに親近感があるのかもしれませんね。
山賀 そうかもしれない。他にも俺の作品を見て年齢的に近い女性が「私もがんばらなくては」と思い作品を創りはじめたということがありましたけど、岡田さんのように3人の子育てをしながら活動してる姿を見て励まされる人もいるんじゃないかと思いますね。
手塚 ところで、山賀さんはいくつなんでしたっけ?
山賀 9月で45才になりました。
※2 岡田智代…岡田さんは三児の母となって後、久々にダンスのある日々を過ごすことになる。2002年1月、ラボ20#12で『L.D.K』という作品を上演。いわゆるダンスの技術とはかけ離れた、立ち位置を全く動かさずに最大限ダンスな瞬間を展開する作品であった。同年9月、ラボセレクションにて『PARADE』を初演。2003年5月、山賀氏も出演したラボセレクションで『PARADE』を再演。
一人前の男
手塚 このチラシすごくいいですね。特にこの山賀さんの作品コメントがいいなー。「一人前ノ男ニナル為ノ長ク曲ガリクネッタ道ハ続クヨ何処マデモ」。
山賀 まあ、人生その通りですからね。
手塚 じゃあ、山賀さんにとって一人前の男とは?
山賀 って何ですかね~。一人前の定義…。ま、ちゃんと一人で生活していけるっていう事だと思いますね。
手塚 (爆笑)
山賀 やばいことに親と一緒に生活してるとねー。お袋がねー、させてくれないんよねー。だからなかなか一人前にはなれない…。
手塚 じゃあダメじゃないですかー。一応、長く曲がりくねっていてもそこに向かって行くわけでしょ?
山賀 でもゴールはないんですよねー。だって、ゴールのある人なんているんかな、って思うし。これで100%やりきったっていうことはないですよね、俺の場合はね。そういうこと満足できる人もいるんだろうけど。一回一回の作品もそうだけど、「今日はとても楽しかった!」とか毎日の生活でもいつも満足できる人もいるかもしれない。でも、俺はどこか…100%ってないなー。ダンス公演でも、良かったけどあの部分はちょっと良くなかったとか…完璧主義って言うわけじゃないけど、キッチリはしてる方なんで、ある部分ね。だからキッチリできないと嫌なんで、ルーズにする。キッチリを求めない。
手塚 ルーズでも、それで満足すればいいわけでしょ?
山賀 うん、そうだけど、でもルーズなままだとねー…
手塚 うーん…なんだか意味が分からなくなってきました。話をもとに戻すと…「一人前ノ男ニナル為ノ長ク曲ガリクネッタ道ハ続クヨ何処マデモ」で、人生がそうなわけですよねー。それでなかなか一人前になれないと。ね、そういう話でしたよねー、お袋がいるからということで…。
山賀 ま、それだけじゃないですけど。例えば普段の生活とかでも何かあればやってくれちゃったりするから…遅くまで稽古したりして帰ってきてメシを食べようとして、自分で何かしようとしてもササっと動いて何か出してくれたりするわけですよ。本人も「私がいないとちゃんとやらないんだから」「私が死んだらどうすんの!どうすんの!」って言うし。
手塚 やばいね。まあ、込み入った親子事情はもうこれ以上…。
山賀 確かに、なんだかんだと口うるさいお袋だけど、感謝の気持ちはあるので、そろそろお袋を安心させたいって気持ちはある。そういう意味でも一人前の男にならなくてはと…。でもまあいろいろと人生には自分の理想や思いの通りには事は進まないから。
彼の作風と立ち姿
手塚 じゃあ、そういう部分も作品に生きているワケですか?
山賀 あ、それは影響するよね。
手塚 どんな風に?
山賀 作品を創るって言っても、じゃあ夕方5時に仕事終わって帰ってきたとして、すぐ練習を始めて作品の事にピッと頭が切り替わるかというとそういうことは絶対なくて、仕事をした疲れもあるし、仕事内容の余韻が残っていたりとか、すぐ作品創りに打ち込めないからちょこっとテレビ見たりとか、ウダウダしていて30分くらい経って、なんとなく始めるってことになるよね。そういう風に、気持ちの切り替えは下手かもしれない。例えば人と話をしていても、何か絶対違うことを考えていたりとか…よく人の話を聞いてないって言われるし。自分はちゃんと応対しているつもりなんですけどね、なんか違うことを考えてるみたいなんですよね。何をしていても違うことを考えているんですよね。
手塚 それと、さっき話に出た何をしても満足しないというのと関係あるかもしれないですね。
山賀 そう、一つのことに集中しないのかもしれない。
手塚 いろいろとアレも気になるし、コレも気になるし…。
山賀 そう、そう、そう。
手塚 それで何か満足できないなー…という感じかな?
山賀 そう、そうなんだよね。舞台に立ったときもやっぱり何かお客さんの雰囲気で、誰かの顔が見えちゃう
とか、そういうことが気になっちゃう時は結構集中できないかもしれない。例えばスポットライトがあ
たって周りが何も見えないで真っ暗な状態とかならいいけど、人の気配があるとダメなんですよね。だ
から気が小さいって人に言われるんですけど、実際気が小さいし、よく言えば繊細なのかな。
手塚 …。
山賀 そういう人付き合いが上手く出来ずに、世渡りが下手ということも、一人前になかなかなれない要因でもあるかな。
手塚 なるほど…。また、何処にいても満足できないとか、いろいろと気が散ってしまうというのが、作風になっているようにも思えてきますね。
山賀 気が散るというか、何かしなくてはとかいろいろ思ってソワソワしてしまうんですよね。
手塚 ああ、所在ないという感じかな?舞台に立っている時の山賀さんの佇まいはまさにそういう、いてもたってもいられないというような雰囲気がありますよね。何か微妙に気持ちが揺れていて定まらない感じ。それが何か柔らかいような印象に繋がって作品に生きている様がとても面白い。男の人は、どっしりしてるダンサーとか、
芯がしっかりしてるとか、スッと伸びているとか色々いるけど、山賀さんのような芯のない柔らかいダンサーはなかなかいないかもしれない。しかし、所在ないというのは舞台だけでなく普段からそうなんですね。
山賀 そうそう、こう言った方がいいかなとか、何かしてあげた方がいいかなとか、こうしない方がいいかな
とかいう風にやたらと気を使ったり。そういう意味でお袋は気を使わなくてもいいから…。
手塚 またそこでお母さんが出てくるわけですか?
山賀 ま、気を使わないでいいと言えば、やっぱり家族かなと…。
手塚 ああ、それが奥さんだったらいいね、っていう事ですよね、結局。
山賀 そう、そう!そ~なんだけどなかなかね~。
手塚 それを求めて…曲がりくねった道を何処までも行くわけですね。
山賀 かもね。
『女の子との愛についてはいつもついてない僕ですが、
気分がルルルの日もたまにはあります。』
彼のせつない後ろ姿は作品を追うごとに深みを増し、深みにはまっていく。
リアルな生活
手塚 前橋の「踊りに行くぜ!!」※1は2002年の…
山賀 10月。
手塚 そうだっけ?2年前の10月か…懐かしいね。その後、恋の進展はいかがですか?という所から入るのはどうでしょうか?
山賀 そこから入るか…痛いとこ突かれたな…。
手塚 前回インタビューした時は私も独り者だったわけだけど、今は結婚して子どもがいて…山賀さんはその後いかがですか?(笑)
山賀 ずるいじゃん…結婚して子ども欲しいなとは思っているけど…その思いを…
手塚 作品にしてるのかな?もうちょっと前段階だよね。
山賀 それがいいんだな、リアルな生活を活かして…
手塚 そうだよね、結婚して子どもがいたらああいう作品は創れないかもしれないものね。
山賀 うーん…結婚して子ども作ってみないと分からないけどね。
手塚 じゃ、結婚して子どもができていたら、どういう作品を創ってるかな?
山賀 分からないなー。それだったら相手の女性じゃなくて、子どもがテーマの作品になっているかもしれない。ちっちゃい子供はかわいいよね。NHK教育テレビの「おかあさんといっしょ」の体操のおにいさんになりたかったくらいだから、子供といっしょに踊るのはやりたいな。
※1「踊りに行くぜ!!」…選抜されたアーティスト達が様々な地方でダンス公演のショーケースを行う企画。
岡田智代とランデヴー
手塚 今度また公演がありますよね。ここにチラシがあるけれど、「ランデヴー」という公演名で、岡田智代※2さんとソロ作品を出し合うみたいですね。山賀さんの作品のタイトルは『いんびぃ』ですか…これは、新作かな?
山賀 新作になりますね。
手塚 どういう意味ですか?「いんびぃ」って。
山賀 いわゆる「インビ」という言葉なんだけれども、幾つか意味があって、「隠微」っていう、隠れていてよく分からない状態という意味がひとつ、まあ人生よく分からないなー…というような。でもイヤラシイという方の「淫靡」の意味もある。英語にも実は「インビィ(yimby) 」というのがあって「Yes, in my backyard」の略で、例えば廃棄物の処理場とか、原子力発電所とか、必要なのは分かっているけれど自分の家の近所にはできて欲しくないものを、逆に「自分の庭につくってもいいよ」というように肯定する意味です。「いいよ、オッケー!」という意味として、これもありかな。この幾つかの意味合いの気持ちは作品にあるから。
手塚 岡田智代さんと作品をやることになったいきさつは?
山賀 岡田さんが「一緒にやらない?」って言ったから…。
手塚 (笑)なるほど。じゃ一番最初に岡田さんを知ったのは?
山賀 横浜にあるSTスポットという小劇場の企画で「ラボセレクション」というダンスショーケースに出演した時かな。
手塚 それまで全然知らなかった?
山賀 名前は知らなかったけれど、彼女がこれも同じくSTスポットのダンスショーケース「ラボ20」の公開ディスカッション(本番の少し前にお客さんを交えてキュレーターに制作過程の作品を見せ、作品についてディスカッションするプログラム)を見に来た時、俺の作品が終わったあと楽屋に来て『えんがちょ』のあるシーンについてアドバイスしてくれた。それが岡田智代さんだということを後で知ったけれど、そのアドバイスのお陰で作品の修正ができたんです。
手塚 それは大きいですね。岡田さんは当時から山賀さんの作品に注目していたのかもしれないですね。
山賀 そうそう、それでラボセレで一緒になることを喜んでくれていたみたいです。
手塚 そうでしたね。でもその時はまだ山賀さんの方は岡田さんの作品を見たことがなかったんですよね。
山賀 そうですね。ラボセレで見た『パレード』が一番最初でした。その後「踊りに行くぜ!!」の東京選考会で『L.D.K』を見ました。
手塚 なるほど、岡田さんの作品を見た印象は?
山賀 東京選考会で6組の出演者がいたのですが、その中では一番強い印象でしたね。だから、きっと通るだろうと思っていたけど、通らなかった…。
手塚 岡田さんは年齢的な近さからも山賀さんに親近感があるのかもしれませんね。
山賀 そうかもしれない。他にも俺の作品を見て年齢的に近い女性が「私もがんばらなくては」と思い作品を創りはじめたということがありましたけど、岡田さんのように3人の子育てをしながら活動してる姿を見て励まされる人もいるんじゃないかと思いますね。
手塚 ところで、山賀さんはいくつなんでしたっけ?
山賀 9月で45才になりました。
※2 岡田智代…岡田さんは三児の母となって後、久々にダンスのある日々を過ごすことになる。2002年1月、ラボ20#12で『L.D.K』という作品を上演。いわゆるダンスの技術とはかけ離れた、立ち位置を全く動かさずに最大限ダンスな瞬間を展開する作品であった。同年9月、ラボセレクションにて『PARADE』を初演。2003年5月、山賀氏も出演したラボセレクションで『PARADE』を再演。
一人前の男
手塚 このチラシすごくいいですね。特にこの山賀さんの作品コメントがいいなー。「一人前ノ男ニナル為ノ長ク曲ガリクネッタ道ハ続クヨ何処マデモ」。
山賀 まあ、人生その通りですからね。
手塚 じゃあ、山賀さんにとって一人前の男とは?
山賀 って何ですかね~。一人前の定義…。ま、ちゃんと一人で生活していけるっていう事だと思いますね。
手塚 (爆笑)
山賀 やばいことに親と一緒に生活してるとねー。お袋がねー、させてくれないんよねー。だからなかなか一人前にはなれない…。
手塚 じゃあダメじゃないですかー。一応、長く曲がりくねっていてもそこに向かって行くわけでしょ?
山賀 でもゴールはないんですよねー。だって、ゴールのある人なんているんかな、って思うし。これで100%やりきったっていうことはないですよね、俺の場合はね。そういうこと満足できる人もいるんだろうけど。一回一回の作品もそうだけど、「今日はとても楽しかった!」とか毎日の生活でもいつも満足できる人もいるかもしれない。でも、俺はどこか…100%ってないなー。ダンス公演でも、良かったけどあの部分はちょっと良くなかったとか…完璧主義って言うわけじゃないけど、キッチリはしてる方なんで、ある部分ね。だからキッチリできないと嫌なんで、ルーズにする。キッチリを求めない。
手塚 ルーズでも、それで満足すればいいわけでしょ?
山賀 うん、そうだけど、でもルーズなままだとねー…
手塚 うーん…なんだか意味が分からなくなってきました。話をもとに戻すと…「一人前ノ男ニナル為ノ長ク曲ガリクネッタ道ハ続クヨ何処マデモ」で、人生がそうなわけですよねー。それでなかなか一人前になれないと。ね、そういう話でしたよねー、お袋がいるからということで…。
山賀 ま、それだけじゃないですけど。例えば普段の生活とかでも何かあればやってくれちゃったりするから…遅くまで稽古したりして帰ってきてメシを食べようとして、自分で何かしようとしてもササっと動いて何か出してくれたりするわけですよ。本人も「私がいないとちゃんとやらないんだから」「私が死んだらどうすんの!どうすんの!」って言うし。
手塚 やばいね。まあ、込み入った親子事情はもうこれ以上…。
山賀 確かに、なんだかんだと口うるさいお袋だけど、感謝の気持ちはあるので、そろそろお袋を安心させたいって気持ちはある。そういう意味でも一人前の男にならなくてはと…。でもまあいろいろと人生には自分の理想や思いの通りには事は進まないから。
彼の作風と立ち姿
手塚 じゃあ、そういう部分も作品に生きているワケですか?
山賀 あ、それは影響するよね。
手塚 どんな風に?
山賀 作品を創るって言っても、じゃあ夕方5時に仕事終わって帰ってきたとして、すぐ練習を始めて作品の事にピッと頭が切り替わるかというとそういうことは絶対なくて、仕事をした疲れもあるし、仕事内容の余韻が残っていたりとか、すぐ作品創りに打ち込めないからちょこっとテレビ見たりとか、ウダウダしていて30分くらい経って、なんとなく始めるってことになるよね。そういう風に、気持ちの切り替えは下手かもしれない。例えば人と話をしていても、何か絶対違うことを考えていたりとか…よく人の話を聞いてないって言われるし。自分はちゃんと応対しているつもりなんですけどね、なんか違うことを考えてるみたいなんですよね。何をしていても違うことを考えているんですよね。
手塚 それと、さっき話に出た何をしても満足しないというのと関係あるかもしれないですね。
山賀 そう、一つのことに集中しないのかもしれない。
手塚 いろいろとアレも気になるし、コレも気になるし…。
山賀 そう、そう、そう。
手塚 それで何か満足できないなー…という感じかな?
山賀 そう、そうなんだよね。舞台に立ったときもやっぱり何かお客さんの雰囲気で、誰かの顔が見えちゃう
とか、そういうことが気になっちゃう時は結構集中できないかもしれない。例えばスポットライトがあ
たって周りが何も見えないで真っ暗な状態とかならいいけど、人の気配があるとダメなんですよね。だ
から気が小さいって人に言われるんですけど、実際気が小さいし、よく言えば繊細なのかな。
手塚 …。
山賀 そういう人付き合いが上手く出来ずに、世渡りが下手ということも、一人前になかなかなれない要因でもあるかな。
手塚 なるほど…。また、何処にいても満足できないとか、いろいろと気が散ってしまうというのが、作風になっているようにも思えてきますね。
山賀 気が散るというか、何かしなくてはとかいろいろ思ってソワソワしてしまうんですよね。
手塚 ああ、所在ないという感じかな?舞台に立っている時の山賀さんの佇まいはまさにそういう、いてもたってもいられないというような雰囲気がありますよね。何か微妙に気持ちが揺れていて定まらない感じ。それが何か柔らかいような印象に繋がって作品に生きている様がとても面白い。男の人は、どっしりしてるダンサーとか、
芯がしっかりしてるとか、スッと伸びているとか色々いるけど、山賀さんのような芯のない柔らかいダンサーはなかなかいないかもしれない。しかし、所在ないというのは舞台だけでなく普段からそうなんですね。
山賀 そうそう、こう言った方がいいかなとか、何かしてあげた方がいいかなとか、こうしない方がいいかな
とかいう風にやたらと気を使ったり。そういう意味でお袋は気を使わなくてもいいから…。
手塚 またそこでお母さんが出てくるわけですか?
山賀 ま、気を使わないでいいと言えば、やっぱり家族かなと…。
手塚 ああ、それが奥さんだったらいいね、っていう事ですよね、結局。
山賀 そう、そう!そ~なんだけどなかなかね~。
手塚 それを求めて…曲がりくねった道を何処までも行くわけですね。
山賀 かもね。
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